ロブスという不確定要素
〈要塞軍〉の駐屯地に近付くにつれて、道は広くなり、ちらほらと人の往来が見られるようになった。建物がうかがえるようになると、畑や家畜を育てる牧場まで現れて、いよいよ街らしさが出てくる。
「あれが〈要塞軍〉の拠点。俺たちは〈リガルド〉の街と呼んでるっす。王都の人には言っても通じないんであまり使わないんすけどね」
ロブスが誇らしげに紹介をすると、少し離れていたところを歩いていた老婆が、片目を少しだけ開けて、ぼそぼそっと何かを呟いた。
「ん、なんすか?」
「や、何でもねぇんだ」
ロブスが尋ねると、冒険者の男性が手を振って適当に返事をする。
老婆の一言など本当になんでもない可能性がある。
ただ、この老婆が言葉を発するのは珍しいことだ。
何か意味があるのではないかと考えたロブスは、老婆の方へ近寄って行ってわざわざ直接尋ね直す。
「なんて言ったんすか?」
「何でもないわい」
これまでほとんどしゃべらなかったことが嘘のような、意外なほどはっきりとした発声であった。しかめ面でそんなことを言われれば普通は引き下がろうものだが、ロブスは普通ではない。
「いや、気になるんすけど」
「無礼者が! と言ったんじゃ」
老婆は突然ロブスの耳元で大声を出してから、ふんと鼻を鳴らしてまた歩き出す。
耳がキーンとして、思わずくらりとくるほどの大声であった。
小指で耳をほじりながら戻ってきたロブスは、グレイの横に並んで一言。
「何が悪かったんすかね」
「自分の胸に聞くんじゃな」
「いやぁ、心当たりないっすね」
だとするならばグレイが教えてやったとて、きっと理解できないので意味はない。
ロブスを相手にするときは腹を立てたほうが負け、みたいなところがある。
面倒くさい男であった。
〈リガルド〉の街は栄えていた。
駐屯地から始まって五十年。
街だけで自立できるほどに発展しているというのに、いまだに王国から金を搾り取っているのだから当然と言えば当然だ。
今となっては人口も増え、危険と隣り合わせながらも、この辺りのすべての物が集約されていると言っても過言ではない大経済都市だ。
王都が金を出し渋るのもわからないでもない。
ロブスが通用口のような場所へ一行を案内すると、兵士が出てきて行く手を遮られた。馬車に王女が乗っているなんて知る由もなく、彼らは仕事をまっとうしているだけである。
「止まれ、ここは〈要塞軍〉専用の……」
「あ、お疲れっす」
「げ、大隊長!」
思わず声を上げてから慌てて口を押さえたのは、浅黒い肌をした、唇の分厚い男だ。
「ん? なんすかその反応」
「い、いや、お早いお帰りだなと思いまして!」
「そっすか。とりあえず馬車に王女殿下と俺の先生と、なんかあと、偉い商人様とか乗ってるんでこっち通るっすよ」
「王女様……?」
「そっす、王女様」
「あの、聞いてないですけど。何か早馬とか寄こしてくれました?」
「や、出してないっす、はい、どいたどいた」
「いやいやいや、いくら大隊長でも中確認しないと無理ですって」
ロブスが無理やり通ろうとすると、兵士は必死になって止める。
やり取りからして、結構近い間柄なのだろう。
「見たら王女様ってわかるんすか?」
「いや、分かんないですけど」
「じゃ、意味ないっすね」
「確かに」
あっさりと説得されてしまった。
職務には忠実だが、ちょっと単純すぎる性格をしているようだ。
イレギュラーにはあまり対応できそうにない。
「ま、なんかあったら俺が責任取るんで大丈夫っす」
「ホントですか? 頼みますよ……?」
そんなやり取りの後、さらりと〈リガルド〉の街の中へと足を踏み入れた一行。
そのままロブスを先頭に、街の高級宿まで案内をしてもらい、ここでもまたロブスの顔であっさりと人数分の部屋をとることができた。
ロブスは確かにここ〈リガルド〉における名士らしい。
支払いはどうなるかわからないが、一応スリップは自分が持つとは言っている。
場合によっては〈要塞軍〉からも出ることがありそうだが、それは今後のやり取り次第になるだろう。
「じゃ、俺は大将に報告してくるんで、皆さんはのんびりしててもらっていいっすよ。色々終わったらまた顔出すんで」
そう言ってロブスは宿から出て、街の北西方面へと消えていった。
あちらは旧アルムガルド領の街や、呪い谷、竜食山など、魔物の本拠地がある方面である。
〈要塞軍〉の立派な陣地が敷いてあり、その方面からの魔物侵攻は〈要塞軍〉によって食い止められるようになっているのだろう。
街の周囲には余裕をもって高い壁が立てられており、まだまだ拡張の余地が感じられた。
街の周囲と内部には、冒険者や〈要塞軍〉の兵士たちもうろついており、全体としてはやや粗野な印象は受ける。ただ、その雰囲気は同時に、新興の街ならではの勢いのようなものも感じられた。
「……先生、ロブスさんは諸々の報告をしていないようでしたが、〈要塞軍〉ではそれがまかり通るのでしょうか?」
軍と呼ばれるものは、報告が非常に重要視され、徹底されるものである。
出張したのならば、帰る前に逐一その状況を手紙などで送るものだが、先ほどのロブスの話では、何も知らせていない様子であった。
少なくともクルムが来ることは間違いなく伝わっていない。
「知らんが普通は通らんじゃろ」
「そうですよね。……ここまできて門前払いは避けたいところです。何としても面会くらいはさせてもらわねば」
クルムは身分のある人物に面会を拒否されることは慣れている。
ただ、王位継承者争いに名乗り出ての第一手でそれは避けたいところだ。
そんなことになれば、行き帰りだけで随分と無駄な時間を使ってしまう。
「その時はロブスの奴をとっちめるしかないのう」
教え子には比較的甘いグレイだが、流石にここまできて無駄足はただでは許せない。そもそも向こうから提案してきたことでやっぱ無理でしたは、あまりに無礼である。
「……最悪、〈要塞軍〉以外の実力者との伝手を作ることも考えます」
グレイの意見に同意するわけにはいかないのでいったんスルーしたクルムは、窓から街を行き交う人々を眺める。
賑やかな通りを観察しながら、クルムは〈リガルド〉における、なんとなくの計画を組み立て始めるのであった。




