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転生爺のいんちき帝王学 〜日の目を見ずに生きてきた最強爺、隠居間際で弱小王女に拾われる〜  作者: 嶋野夕陽


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トロル

 支援魔法というのは、相手の力を増幅させたり、耐久力をあげたりするものと、様々効果がある。

 このうち、力を増幅させるものを十全に利用するためには、ともに相当な訓練を積んでくるか、よほど自身の身体を掌握していなければならない。突然他人から与えられた力が増した身体を自由に扱うなど、一朝一夕にできるものではないのだ。


 その点ロブスは、自身でも身体強化を使えるだけあって、瞬時に自分の力がどれだけ割り増しされたのかを把握し、自在に扱って見せた。

 これはロブスが一流の戦士であることの証左でもある。


 ところでトロルの肉体にはあまり使い勝手のいい部分がない。

 利用可能な素材がない、ということではなく、利用可能にするのが簡単な部分がないというのが正しい。弾力のあるゴム質の皮を剥いで加工すれば、立派な盾や防具になるし、刃や骨を研磨すれば武器に利用可能だが、労力に対してパフォーマンスが伴わないのだ。


 人型をしているせいで気味が悪いし、どうしたってつぎはぎなどの細かい技術が必要になる。その上他の強い魔物よりも性能が劣るとなると、誰も再利用しないようになるのは悲しいことである。

 森の中ならば、打ち捨てておいてもそのうち森が分解してくれるのだが、何分この辺りは呪い谷が近い。あそこから発せられるリッチの魔力は、死体をアンデッドに変質させやすい。

 そのままの形で残しておくのも善し悪しだ。


 さてどうしたものかとグレイが考えていると、ロブスが深いため息をついた。


「どうせ出るならもうちょっといい魔物が良かったすねぇ」


 ロブスも同じことを考えているのか、始末に困っているようだ。

 そんな中、姿を消していた若者は、どこからか巨大なのこぎりのようなものを荷物から取り出してきた。


「どいてくれ。細かくして燃やす」

「ほう……」


 呪い谷から遠い場所での不要な魔物の死体は、そのまま放置しておくのが普通だ。

 やはりこの冒険者の一家は、魔物には随分と精通しているらしい。

 

「鋸で引くのも労力じゃろう。しばし待て」


 グレイは口の中でごにょごにょと何かを唱えながらトロルの死体に歩み寄り、右腕を大きく振り上げる。そうして振り下ろす瞬間に、爪の先に刃物のようなものが出現しトロルの体を分断した。

 二度三度、とその行為を繰り返すうちに、トロルの体は随分と細かく分けられて、地面には血の池が出来上がる。

 刻まれた内臓から湧き上がる汚臭があたりに立ち込めたが、これもどちらにせよ発生したものだ。

 ロブスや若者は顔をしかめたが、グレイは眉一つ動かさずにさらに何かを唱える。

 するとトロルの周囲から湯気が立ち上り、地面の湿り気を奪い、トロルの死体を干物のように変えていく。


 およそ五分ほど経過を見守っていたグレイは、「ま、こんなもんじゃろ」と言って、もと居た位置に戻り腰を下ろした。


「若人、あとの処理は任せて良いか」


 ぽかんと口を開けて眺めていた若者は、グレイに声をかけられると慌てて首を上下に振って、干からびた死体をせっせと炎の中に投げ込み始めた。


「なんか干物みたいっすね」

「魔物は大抵まずいがのう。なにせ血に軽い毒を持つものが多すぎる」

「食べたことあるんすか? 流石の俺でも食おうと思わないっす、すごいっすねやっぱ」

「一応干からびさせれば食えるんじゃが、苦くてのう……。というか、お主も手伝わんかい」

「あ、はいはい、そっすね」


 ちゃっかり一緒に休憩しようとしていたロブスをじろりと睨み、トロルの片づけを手伝わせる。

 先ほどの乾燥の魔法は、魔力消費の割に効果が地味なのであまり使うことはない。

 アルムガルド領では、こんな感じで致し方なく使うこともあった。

 だが、冒険者になってからは、精々突然のスコールでずぶぬれになった時や、長雨が続く時に、服を乾かすために使う程度だった。

 というか、そもそもそれが目的で開発した魔法である。


 よく燃えるトロルの干物を焼き切ってしまえば、残るのは汚れた土ばかり。掘り返して均しておけば、察しのいいもの以外はトロルが出たことにすら気付かないだろう。

 冒険者ならば依頼主に報告はするのだろうが、グレイはただのお手伝いである。

 その辺りはよく働く若者に任せて、ぼんやりと夜が明けるのを待つばかりであった。


 翌昼頃、馬車から降りてきたクルムが、小走りでグレイの横へやってくる。

 そうしてその巨体をじろじろと見上げて「大丈夫ですか?」と問いかけた。


「何がじゃ」

「いえ、昨晩トロルが出たと報告を受けまして。トロルといえば、なかなか強力な魔物でしょう?」

「それならロブスの奴が一撃で仕留めたわい」

「そうでしたか……、流石は大隊長ですね」


 クルムは王都生まれ王都育ちの、ある意味箱入り娘である。

 魔物になんて遭遇したこともないし、その危険度も文献で見る範囲でしか知らない。

 グレイが強いことを知っていても、トロルが出たと聞いて、心配になっていてもたってもいられずに様子を見に来たのだろう。

 かわいいものである。


 〈要塞軍〉において、トロルというのは分隊十人程度で当たる魔物である。

 すなわち、通常の兵士ならば中隊百人は必要という計算にされる。

 辺境の村は滅ぼされ、街を管理する貴族が慌てて対処に向かうほどの魔物だと考えるとその脅威度は分かりやすい。


 文献には手柄とするためにさらに大げさに描かれるものだから、クルムはトロルの脅威を過剰にとらえているのだ。

 それを差し置いても、一個人で対処するような魔物ではないので、クルムの心配ももっともなのであるが。


「ほれ、馬車へ戻るんじゃ。この辺りにはもう魔物が出るらしいから、窓は開けるでないぞ」

「そうですね……、わかりました」


 本当はパクスとの腹の探り合いに疲れて逃げ出してきた側面もあるクルムである。

 常に警戒しながら話さなければいけないのは、精神的になかなか厳しいのだ。グレイと厳しい訓練をして足腰立たなくなった後、軽口の応酬をしているほうが随分と気楽だ。

 途中で妙な気配を察して、加工屋の二人は別の馬車へ移動してしまったし、唯一の癒しは、時折口を挟んでくれるパクスの息子くらいなものである。どうやらクルムと同年代らしく、それにしてはこちらも随分と大人びた少年であった。

 

 そんな状況でも聞き分けがいいのは、クルムが足手まといである自覚があるからだ。

 魔物相手に交渉は意味がない。

 グレイに馬車まで送り届けられたクルムは、大人しく席に座って、パクスとの気の抜けない話し合いに戻ることにしたのだった。

 こちらはこちらで、中々ハードな戦場である。

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