小さな因縁
グレイは約束を守るために、路地裏へ入り込み、そのまま加工屋の裏手から勝手に店へ入り込む。
「お、ど、どうだった!?」
すぐに立ち上がったのは加工場でそわそわしながら作業していたラーヴァだ。
先日グレイが品を取りに来た時は爆睡していたので、評価を聞くことができずに、それ以来ずっと気にしていたのだろう。
すでにバジリスクの目玉の方の加工も終えて、今はヴァモスから技術を伝えられていただけだ。
大事な作業を放り出したわけではないので、ヴァモスも黙って孫を見守ってやっている。
「自信のないものを作り上げてグースカ寝ておったのか?」
グレイが煽るようなことを言うと、ラーヴァはむっとした顔をして威勢よく言い返す。
「渾身の出来だったに決まってんだろ! 私は、あんたが満足したかどうか聞いてんだよ!」
「うーむ……」
グレイはわざと答えを溜めて、ラーヴァをドキドキさせてからにやりと笑った。
「詰め込んで作った割には上出来じゃ」
「す、素直に褒めろよな……!」
「ほっほ」
性格は悪いが、そんな性格の悪い爺さんにも認められたと思えば喜びもひとしおだ。
ラーヴァはやがてグレイと一緒に笑い出した。
「約束の方はどうなってる?」
ひとしきり笑ったところで、ヴァモスが加工場から上がってきてグレイに問いかける。
「うむ、今日は受け取りとその話をしに来た。折角じゃからついてくるといい。加工してもらった物を届けるついでに、紹介したい奴がおる」
「分かった、ラーヴァ、準備だ」
「い、今すぐか!? こんな作業着で良いのか?」
「構わん構わん。お主らにとっては作業着こそが戦闘服じゃ。ほれ、付いてこい」
バジリスクの目玉を加工した宝石を袋に詰めて、グレイはさっさと裏路地へと出て行ってしまう。
ヴァモスがそのすぐ後に続き、少し遅れて、顔だけは布巾で拭ったラーヴァが小走りで追いかけてきた。
目的地はパクス商会。
グレイの主はクルムだが、完成品はパクスの子供の祝いのために用意したものであるし、どちらにせよ今後活動していくのであればパクスと縁を持っておくべきだ。
どうやらロブスとうまいことやって、魔物素材の流通経路を確保しそうであるし、そもそもパクス自身が加工屋を探している。
誰も損をしない良い話になることだろう。
「どこに向かってんだ?」
「着けば分かる。そんなことよりお主、直接〈要塞軍〉へ行って、自分の足で息子のことを調べてみんか?」
「どういうことだ」
「近く〈要塞軍〉の方へ赴くことになっておると言ったじゃろう。お主が望むのならば、自分で調べたほうが気が済むのではないかと思ったのじゃが」
「待ってくれ。爺ちゃんが行くなら私も行くぞ」
「好きにすれば良かろう」
きりっとした表情で割り込んできたラーヴァに対して、グレイはあっさりと許可を出した。別に一人二人増えようが、グレイからすれば大した問題ではない。
問題があるとすれば、同行した二人が完全にクルム陣営のものとみなされて、今後命を狙われる可能性があるくらいだ。
まぁ、その辺りは自分で判断したらよいというのがグレイの感覚である。
ちなみに、いざ仲間に加わるというのであれば、自分で勧誘した部分もあるので、一応守ってやろうという気持ちもあった。
「……よし、行くか」
「ではそのように手配しておこう」
ヴァモスの決意のこもった言葉を受けて、グレイも二人の命を守るように動くことを決める。最低限クルム陣営の区画に加工場を用意してやるくらいはするべきだろう。
色々と話を進めているが、全てはクルムの知りえぬことだ。
本当に勝手なことばかりする老人である。
クルムはもう少し怒った方がいい。
さて、パクス商会にたどり着いて奥の間へ案内されると、ラーヴァのみならず、ヴァモスもやや緊張した面持ちで身体を固くしていた。
いつも通り茶をすすっているグレイを横目でじろりと睨みつけて、ヴァモスは声を抑えながら文句を言う。
「馬鹿野郎、俺はパクス商会からの依頼を断ったって言っただろうが」
「だからなんじゃ。来てやったくらいの堂々とした態度でおればよかろう。ほれ、茶菓子うまいぞ」
ヴァモスは昔からグレイのことを、無茶苦茶ばかり言う男だと思っていたが、年を取っても何も変わっていないことに頭を抱えたくなった。
当時と違って今や街で指折りの大商会に数えられるようになったパクス商会である。
無礼な態度をとった木っ端職人など、小指の先を動かして暗殺だってできるのだ。
何をされるか分かったものではない場所で、のんびり茶菓子を食べる気になどならなかった。隣でバリバリと菓子をむさぼるグレイの気が知れない。
せめて孫だけはこの馬鹿爺に守ることを約束させねばと口を開いたところで、扉がすっと開いて一人の男が入ってきた。
影がそのまま直立したような男のたたずまいは不気味で、その目は細く、感情を読ませない。
「先生、ようこそいらっしゃいました。そちらは……加工屋のヴァモス殿ですね? 以前お訪ねしたことがあるのを覚えていらっしゃいますか?」
相当怪しいはずであるのに、雰囲気は少しばかり柔らかかった。
そのギャップに勇気を得たヴァモスは、カラ元気で何とかいつもの威勢で返事をする。
「あたぼうよ!」
少しばかり声は裏返ったが、元気な声にパクスの目が少しだけ開き、グレイが笑ってむせ込んだおかげで、場の空気はさらに穏やかなものへと変わるのであった。




