これは好機
その商会の男はスリップと名乗った。
スリップが自らの仕事について熱を込めて語る。
ロブスが茶々を入れるのを笑って躱し、グレイが妙な質問をしても真面目に答える。そうして時折パクスからまともな質問が来ると、ここぞとばかりにさらに気合いを入れて回答する。
スリップは実に熱のある男であった。
つまり、目的が一致すれば扱いやすいということである。
パクスは途中から、この便利そうな男を自分の陣営に引き込むことを決めたのであった。
もちろんそれらしい言葉は一切かけず、餌を撒いて期待を煽っている最中である。
嫌らしいやり方だが、これが商人らしさなので仕方がない。
時折スリップが遠慮して、場を離れたほうがいいかと伺いを立てるのだが、その度、割とスリップのことを気に入ったグレイや、勝手に喋っててくれて楽でいいやと思っているロブスに止められて立ち去ることができない。
おかげで他の商人はこのテーブルにやってくることができず、パクスも至って快適であった。
変人と鋏は使いようである。
さて、そんな風に本来の目的も忘れて楽しく飲み食いしているテーブルに、他のテーブルをぐるりと回ってきたファンファとクルムが顔を出す。
後ろにはいつもの面々も連れてすまし顔だ。
内心は何してくれてるんだこの爺と思っているが、それくらいの腹芸は難なくこなすクルムである。
「先生、ご友人を連れて来てくださったのですね。パクス様もよくぞお忙しい中いらしてくださいました。場を準備することも慣れておらず、至らぬ点もあるかと思いますが、どうかご容赦ください」
「いえ、楽しんでいますよ。ご招待ありがとうございました」
耳を澄ませて聞いている者たちには、クルムとパクスの間に何らかの縁があることははっきり知れ渡ったことだろう。しかしここを誤魔化して先に進むことは不可能だ。
こうなってしまった以上、曖昧な状況にしておくより、仲が良いんですよとアピールしておくのがプラスだ。
「こちらの方は……?」
「あ、俺っすか。俺、あれっす、先生の昔の教え子」
「では私と同じですね。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、ロブスっす」
普通こういう時は身分からすべて述べるものだ。
そもそも招待していないのだから、クルムからすれば本気でお前誰だよ状態である。
クルムが困っている横では、ファンファがグレイの横へ行き、新しいドレスをひらひらとさせながら小首をかしげて見せる。一緒に歩いている白黒冒険者は大喜びだが、グレイは何を色気づいてるんだこの小娘、くらいにしか思っていない。
「どうです、グレイ先生」
渾身のお化粧で渾身の服である。
老若男女問わず魅了するつもりで準備してきたのは、身内からグレイがかつては冒険者だったという話を聞いたからだ。しかもなかなかの有名人だというではないか。
冒険者なんて言うのは大抵美女に弱いと相場が決まっている。
この機会に自分がかわいいということをグレイに叩き込んで、これから先ちやほやしてもらい、あわよくばクルムより自分の後援をしてもらおうという魂胆である。
「いんじゃね」
グレイは興味がなさそうに答えて、グラスに注いだ酒をグイッと飲みほした。
「うむ、よき香りじゃ」
相手にされずぷくっと頬を膨らませたファンファは、ぷいっと顔を背けてクルムの方の会話に混ざることにした。
「ロブス様は、軍人さんですわね? その服は……、騎士ではなく……?」
「あ、〈要塞軍〉っす。ところであんた誰っすか? こっちがクルム王女殿下っすよね?」
ファンファは三秒ほどフリーズし、クルムは首をぐりッとひねってグレイの顔をじっと見る。〈要塞軍〉ってなんだ、聞いていないぞというメッセージを受け、グレイは楽しそうに「ほっほ」と満足げに笑い、さらに酒をあおった。
大満足で酒が美味いようだ。
「…………ファンファと申しますわ」
「あ、ファンファ王女殿下っすね」
「それで、〈要塞軍〉の方がどうしてこちらに……?」
「あ、だから、グレイ先生の教え子なんすよ。用事があって帰ってきたら再会したんす。あ、クルム王女殿下、来週帰るのでよろしくお願いするっす」
「……ええと、何をでしょうか?」
何とか話を合わせようと必死だったが、本当に話が見えてこず、クルムは諦めて問い返すことにする。
「何って、一緒に〈要塞軍〉行くんすよね? グレイ先生が〈要塞軍〉に指導しに来てくれるって約束なんすよ。先生はクルム王女殿下も連れてくって言ってたんで、来るんすよね?」
「あ、失礼いたしました。そのお話、ですね。ええ、日程の調整の方をさせていただいている最中ですので、一両日中にはお返事させていただきます、ね?」
最後のところでぐるりとグレイを見たクルムは、顔に笑みを貼り付けたまま移動して、グレイのローブを固く握って問いかける。
「先生、後でお話が」
「うむ、儂もお話ならあるのう」
「ロブス様はどのような立場のお方ですか?」
「なんか〈要塞軍〉で大隊長してるとか言っておったぞ。【頭蓋割】ロブス、とか呼ばれておるらしい」
「…………あ」
クルムは若い脳みそを回転させて、ロブスの名前を思い出す。
武功により男爵位を授かった男であり、いずれは〈要塞軍〉のトップに立つであろうとも噂されている人物だ。
世も末である。
「なんじゃ、その間の抜けた声は」
「いえ……、私は来週〈要塞軍〉へ行っていいんですね?」
「そうじゃな。どうしても行きたくないのならば延ばすことくらいはできるかもしれんが」
確かにグレイは『後でロブスと一緒に要塞まで足を延ばして、〈要塞軍〉の指導をしに行く』と約束したが、別に今回の帰還でロブスと一緒に指導をしに行くとは約束していない。
屁理屈だがどうにもならないのならば仕方がない。
先の約束は、教育者としてこの生意気な小娘の命を守ってやることである。
「いえ、行きます。ぜひ行かせてください」
クルムは〈要塞軍〉が、王国に残された数少ないフリー勢力の一つであることをよくよく理解していた。
他の王子王女ならば、二の足を踏むだろうけれど、ここでそんなことをしていてはクルムが王になることなどありえない。
「先生、良い誕生日の贈り物をありがとうございます」
「ふむ……、気にするでない」
まだ贈り物をしていないのに、不敵な笑顔と共に礼を言われてしまった。
計算外ではあるが、礼を言われたので、一応それっぽく返事をしておくグレイであった。




