職人の意地
クルムは表向きはひたすら丁寧に礼を述べて教会を後にした。
そうして帰り道に三人に向けて話す。
「今日の宣誓は、教皇様が見届けるはずでした。前々から決まっていた予定でしたが、どうやら急な予定が入ったようです」
ウェスカはそれを知っていたから粛々と言葉を聞いて頷き、ビアットは今一つ事情を呑み込めずになんとなく頷く。
「ほう、急用か……。さぞかし大層な用事なんじゃろうな」
「ええ、さぞかし」
一発で状況を理解したグレイが皮肉たっぷりに返せば、クルムも大きく頷いて答える。
グレイからすれば、別に誰がどう見届けてくれたっていっこうに構わないのだが、だからといって、自分の教え子がないがしろにされているのが楽しいはずもない。
元から嫌いな教会勢力により悪い印象をしっかりと抱き直したのであった。
さて、クルムを部屋まで送り届けると、そこで待ち構えていたのはファンファだった。どうやら衣装合わせと化粧をするらしく、クルムが遠慮しているのを無視して、自室へと連れて行ってしまった。
とりあえずウェスカとビアットもそれに付き添わせて、グレイは一人で依頼していた品を取りに行く。
差し入れをした後は見に行っていないが、職人が何とかすると言ったのだから、きっと何とかなっているはずだ。
街の目抜き通りを抜け、路地に入り、開いている扉から勝手に部屋の中に入って聞こえたのは、加工を続ける音だった。へそを出して床に伸びて寝ているのは孫娘の方のラーヴァで、年頃の娘としてどうなのだろうという大いびきをかいている。
余程疲れているのだろう。
加工の音を出しているのは、病で力が入らないはずのヴァモス老の方だった。
「なんじゃ、もしやまだ出来ておらんのか?」
「やかましい、出来てるわ。あんたが最終形を決めないから、リングにするのかネックレスにするのか分からず、色んなパターンで準備してやっとったんだろうが」
「おお、お主そこまでできるのか」
加工屋というのは基本的には魔物素材を加工をして終わりの仕事だ。
身につけられる状態にまでするものじゃない。
だが、ヴァモスの手つきは慣れたもので、装飾品としても十分に身につけられるレベルの準備ができているようだった。
「俺もな、考えたんだ。加工だけじゃやってけねぇかと思って若い時から色々な」
「ほう、ま、折角だからネックレスにして使わせてもらうか。女の身に着けるものじゃから、そのうちまた別の形に変えるかもしれんが構わんか?」
ヴァモスは片方の眉を上げて反応したが、鼻からため息をついて肩をすくめる。
「かまやしねぇよ。こっちの腕が一流じゃねぇことくらい、自分が一番よく知ってる」
「そう拗ねるな。それにしても、孫娘はしっかりやってのけたんじゃな」
「そうだ、そうだとも。この無茶苦茶に短い期間でよくもまあ仕上げた」
「お主が手伝ったんじゃないのか」
「まさか、出したのは口だけだ。約束、覚えているな?」
ぎろりと睨みつけるヴァモスの目は血走っている。
爆睡しているラーヴァと同じく、ろくに眠っていないのだろう。
年老いて病にかかっているというのに、それでも起きてグレイを待っていたのは、職人としての意地と、孫娘の未来への思いのためか。
「覚えておるとも。安心しろ、これだけの加工ができるんじゃ。誰が何と言おうとも、儂の周りで加工屋として生きて行けるように手配して見せよう」
「よし、それが聞きたかった」
ヴァモスは目をぎょろりと大きく見開いて立ち上がり、品をもってグレイに近寄る。
「言うまでもないだろうが、こいつは身に着けている者を、致命的な魔法攻撃から一度だけ守ってくれる。正しくは、致命傷にいたる魔法が飛んできた場合に、自動的に光竜の得意とする光の壁を発動して守ってくれる、だ。それをぶち破るような攻撃に関しては責任が持てねぇ。持ち主にはちゃんと説明しろよ」
「分かっとる」
「バジリスクの目玉の方はもう少し時間を貰うぞ」
「構わん。もとよりその約束じゃ」
手を伸ばしたグレイに、ヴァモスはネックレスを手渡そうとして、またピタリと動きを止めた。
「こんだけ俺たちに無茶を言ってきたんだ。俺の息子の件、少しは何か掴んでたりしねぇのか?」
言われてからそういえばそんな約束もあったなと思い出すグレイ。
そちらに関しては、どうせしばらくしたら要塞軍の方に顔を出すことになっていたから、その時考えればよいかと頭の隅に追いやっていたのだ。
しかしグレイはそんなことはおくびにも出さずに、堂々と鬚をしごきながら答える。
「近く、要塞軍の方へ顔を出すことになった。そこで何かしら進展はあるじゃろうな」
「直接行くのか?」
「そうじゃ」
「……流石だな。あんたになら安心して孫娘を任せられる」
本当に偶然ロブスに遭遇して、偶然そんな話になっただけだが、いかにも自分が奔走しました、みたいな顔をして賞賛を受け入れるグレイ。
別に何か嘘をついたわけではないので、これはこれでいいのである。
「なぁ」
物を受け取ってその場を立ち去る時、ヴァモスはグレイの背中に声をかける。
「最後に一つ聞かせてくれ。あんたら、なんで急に店に来なくなった。アルムガルド家はなぜなくなった。親父はずっとあんたがまたいつか来るんじゃねぇかと待ってたんだぞ」
ヴァモスからすればそれがきっかけで加工屋には仕事がなくなり、今日の苦境が生まれている。事情を知っていそうな渦中の人物が目の前にいるのだから、聞いてみたくなるのも無理はなかった。
「質問が二つじゃな」
グレイは足を止めて振り返らずに答える。
「昔、儂は友人たちと共にここへ来ていたのを覚えておるか?」
「そうだな。確か、四人でいることが多かったか。一人は、あんたの兄だったか?」
「記憶力の良い奴じゃ、まったく」
当時のヴァモスはまだ幼かった。
まさかそこまでしっかり把握しているとは予想外だ。
「その友人の一人が殺されて、何もかもが嫌になって、王都から離れていたんじゃ」
「そうか……。じゃあアルムガルド家がなくなったのはなぜだ?」
「……もう一つ答えたからこれで終わりじゃ。ではな! しっかり寝て元気になってキリキリ働けよ、くたばり損ない!」
「いちいち余計なこと言わなきゃ気が済まねぇのか、糞爺が!」
グレイは裏路地へ飛び出すと、そのまま少しばかり街をふらつくことにした。
当時の友人たちと、そして兄と歩いた街のことを思い出しながら、ぶらりぶらりと時間を潰すことにしたのだった。




