上手な使い方
二話目です
ファンファ配下の冒険者たちに軽く訓練をつけたグレイは、クルムの部屋で茶菓子をむさぼり食べていた。高齢ながらも筋肉の密度が尋常でないグレイは、動けばすぐに腹が減るし、どんなに食べてもそうそう太ったりしない。
少し前までは高い菓子だから味わって食べていたが、最近はパクスが自発的にお届けしてくれるので食べ放題飲み放題だ。
勝手にクルムの部屋の道具を使っていれたお茶を啜り、クルムではない方のやかましい王女の言葉に耳を傾ける。
「誕生日はお祝いをするのよね? 場所はもう押さえているのかしら」
「はい、それほど大きな場所ではありませんが」
「そう。では私も護衛はいつもの二人だけにするわ。服はどれを着て行こうかしら……」
クルムはぴたりと手を止めて書類から顔をあげる。
「お姉様、ささやかにやりますのであまり派手に来ないでくださいね」
「あら、折角の誕生日なのに……」
「それで他陣営に警戒されては困ります。あまり余計なことはしないでください」
ぴしゃりと言ってのけたクルムに、ファンファは「まぁっ」と言って口元を抑えて眉間にしわを寄せた。
「いくらナイフを預けているとはいえ、お姉様に向かってその態度は良くないんじゃなくて?」
頬を膨らませてぷんぷんと擬音のつきそうな怒り方だ。
二人セットの冒険者、ニクスとドーンズはかわいらしいお姫様のお顔が見れて幸せそうである。
ほんとにしょうもない、と白けた目で見ているグレイには気づかない。
たまにはクルムだって厳しいことが言いたくなる。
クルムは話しかけられながらも、ずっと一人で仕事をこなしているのだ。
自分のお祝いをしてくれようという話なので、精一杯柔らかに接しているつもりだ。
それでも、今のは仕事に追われてちょっと言葉が行き過ぎたような自覚もあった。
「……すみません」
クルムは持っている筆を意味もなく上下に何度か動かしてから、小さな声で謝る。
ファンファは、今度は「あら……」と言って腕を広げ、手の甲まで隠している長い袖を振りながら驚いた顔を作ってみせる。
冒険者二人はやっぱり喜んでいたが、グレイは先ほど同様、よくもまぁ大げさにころころと表情を変えるものだと、冷めた目で見つめていた。
「ニクス、妹も悪くないかもしれないわよ?」
「それは良かったです。流石ファンファ様は御心が広い」
ファンファの姿が見えない時は、それなりに冷静で、それなりの実力のある冒険者なのに、どうして近くに来るとこんなに阿呆になってしまうのかと、グレイは一人蚊帳の外で、目がハートになっている二人を眺めながら考える。
本当に間抜け面だ。
「それからクルム。何でもかんでも控えめにやれば良いというものでもないと思うわ。動きが分からないからこそ警戒するということもあるの。王位継承権争いに参加するとなれば、どうせある程度探りは入るわ。どちらにせよ動きがばれるなら、派手に、楽しくする方が良いと思わない?」
またしょうもないやり取りが始まった、と思っていたクルムは、随分とまともな意見が飛んできてまたも筆の動きを止めた。
確かにグレイが来てからの動きは割と目立つもので、こそこそと動き回ることが難しくなってきている。
それならば逆に、オープンになんでも見せていますよ、という姿勢を押し出していった方が、本当に隠したいことは隠せるのではないかと思うのだ。真実を隠すのではなく、偽りを広める。
クルムは真面目過ぎるのだ。
敵に対して誠実である必要はない。
「どう、少しは見直したかしら?」
ファンファは勝手に持ってきている椅子の上で、足を組んでどや顔をする。
クルムは少し考えてから、にっこりと笑顔を作ってみせた。
「流石お姉様です。私では考えも及ばぬことでした」
「そうよね、それじゃあお祝いは楽しくやりましょうね?」
「しかし……、お金があまりないものですから……」
しゅんとした態度をとって見せれば、ファンファも先日のウェスカの怪我の件について思い出す。こうして同じ陣営になってしまえば、悪いことをしたという気持ちだって湧いてこようものだ。
「まぁ、その、折角のお祝いですし、私の方で用意してあげてもよくてよ?」
「いえ、私の実力不足ですから。やはり今回は身の丈に合ったものが良いと思うのです」
クルムが目を伏せたまま長いまつげを僅かに震わせる。
するとファンファは少しだけ考えてから、ポンと手を叩いて立ち上がった。
「分かりましたの。会場は私の方で押さえて、私の知り合いもいっぱい呼んで派手にやりましょう。手紙を出した方は、もうそのまま元の場所へ来ていただいて、そこから移動していただく形で。服も私が似合うものを用意しますの。さぁ、忙しくなってきましたわ」
「しかし、お姉様……」
「お姉様が準備してくるから、楽しみに待っているといいですの」
この場にいるファンファ以外は、皆が上手く乗せられたなと思っている。
しかしファンファはそれなりに金を持っているし、ちょっとお祝いに出費したくらいで財布は痛まない。
二人の冒険者はファンファが張り切る姿を眺めて微笑んでいる。
頭が回る癖にちょっと馬鹿なところが見ていて可愛らしいのだろう。
駄目だこいつら、と思ったのはグレイだ。
ファンファの部下だからどうだっていいのだが、普通こういう時、まともな臣下ならば忠言の一つくらいするものである。
大張り切りのファンファが出て行ったところで、クルムは「さて」と言ってグレイを見た。先ほどまでの殊勝な態度はどこへやら、やや得意げではあるが真顔である。
「先生にまったく効かないので最近は忘れがちでしたが、こういった演技も大事ですね。おかげでお金が節約できたうえに、お姉様を追い払うことができました」
「悪い奴じゃのう」
「その方がお好みでしょう」
グレイは「ほっほ」と愉快そうに笑うだけで、クルムの言葉に返事をしなかった




