忠臣
「ウェスカよ、ちょっと部屋へ来てもらえんか?」
「はい、どうしましたか?」
部屋でビアットと勉強会をしていたウェスカは、グレイに声をかけられるとすぐに立ち上がって寄ってくる。座ったまま固まっているビアットに向けてグレイが「お前もじゃ」と声をかけると、慌てて立ち上がって駆け寄ってきた。
調教はすでに完了している。
グレイの部屋へ入ってすぐのところには、麻袋にまとめた資材が転がっている。
液体なども含まれているため、重量は相当なものだ。
「ちょっとこれを運びたくてのう。重量的には問題ないんじゃが、抱えるには大きすぎて困っておった。軽い方でよいからビアットに手伝ってもらおうかと。これからちょっと借りて行ってもよいか?」
「私は構いませんが……」
「いけます!」
ウェスカがちらりとビアットを見る。
同時にグレイからの真っすぐな視線を向けられて、ビアットは慌ててまっすぐに手を上げて手伝いが可能であることを宣言した。
「うむ、では頼む」
グレイが麻袋の中身を仕分けし始めると、ウェスカは内容物を見て首をかしげる。
それぞれ瓶などに入って保管されているため、外から見ただけではなんだかわかりにくい。
「加工屋で使う素材じゃ」
「なるほど。私も昔依頼で集めたことがあります」
「冒険者にとっては良い仕事になるんじゃよなぁ」
ウェスカもグレイも懐かしむように呟く。
魔物退治は冒険者の主な収入源だ。
思い出している光景には随分とずれがあったが、かつては冒険者だった者としての共通の感覚ではあった。
「これは何かに使うのですか?」
「ほれ、そろそろクルムの誕生日じゃろう。何か準備してやろうと思ってな。本人には言うでないぞ」
「そうでしたか……、ありがとうございます」
「なぜお主が礼を言う」
荷物を分け終えて立ち上がりながら尋ねる。
「……そのようにクルム様の成長を祝ってくださる方は、しばらくおりませんでしたから」
「ふむ……」
母と上の兄を亡くし、味方もない。
下の兄を亡くしてからはウェスカと二人きりの誕生日を過ごして来たのだろう。
これから十三になる子供と考えれば、酷く寂しく、いつくじけてしまってもおかしくない毎日であったに違いない。
グレイは涙をにじませるウェスカに向かって、「馬鹿じゃのう」と呟き、肩をポンと叩いた。
「お主がおったじゃろうに。お主が儂を見つけたから、今年は祝うものも増えたのじゃ。のう、ビアット」
「は、はい、もちろんです!」
なにも準備していないビアットは目を泳がせながら背中に汗を流した。
このままいけば当日どんな目に遭っていたかわからないところだ。
それはともかく、グレイはウェスカのことを高く評価している。
どこの誰かとか、どれだけ戦闘力が高いかとか、そんなことは問題ではない。
どんな恩があったか知らないが、圧倒的に不利であったはずのクルムの横に居続けたという事実だけで、十分に評価に値する人間なのだ。
グレイは人が容易に裏切ることを知っている。
やむを得ない事情があったような顔をして、人の気持ちを踏みにじることを知っている。実際に事情があったかどうかなど関係ないのだ。
裏切られた者に残されるのは、裏切られたという事実だけなのだから。
「……先生がきてくれたからこそです。そうでなければ、今頃私は、クルム様に王位継承権争いを辞退するよう進言していたかもしれません」
「さてもさても……、もしかしたらその方が良かったとなるかもしれんぞ。まだまだこれからじゃろうに」
「はい、しかし……」
ぐっと眉間にしわを寄せたウェスカを見て、グレイは大荷物を両手で持って部屋の外へ出ることにした。
「ほれビアット、さっさと行くぞ」
「あ、はい!」
涙は見世物ではない。
グレイはビアットを急かしてさっさと部屋から出て行くことにするのだった。
廊下を歩きだして三十秒で、ビアットはすでに後悔し始めていた。
軽い方と言われて渡された荷物があまりにも重たい。
それはそうだ。
水分系が入っていないだけであって、砂やら石やらが詰まっているのだから重たくないはずがなかった。
「す、すみません、も、む、無理です!」
王宮を出て数分で、ビアットは汗ダラダラで悲鳴を上げる。
地面に下ろしては怒られるかもしれないけど、もう無理と言っても怒られるかもしれない。ぎりぎりまで我慢しての悲鳴だった。
「なんじゃと? まったく、仕方のない奴じゃのう……」
グレイは自分の荷物を地面に置いてから、ビアットの荷物を受け取ってそれも横に並べる。ぎりぎりまで頑張ったのは見ればわかるので、今回はグレイの方にも非がある。
「ふぅむ……、荷車でも借りてくるかのう。見張りを頼んでも良いな?」
「はい!」
返事だけはいい。
やや不安はあったが、ちょっと行って帰ってくるだけだ。
酔っぱらって倒れていた時から比べれば、身なりもびしっと決まって立派に王女様の従者らしい格好になっている。
なかなかこれに絡んでくるものはいないだろうと、グレイは見張りを任せて急ぎ街へ荷車を調達しに出るのであった。




