【頭蓋割】
「誰……だと。お前、まさか俺たちのことを忘れたのか?」
「……ああ!」
しばらくじーっと顔を見てから、ロブスはようやく頷いた。
「先輩っすか! あ、いや、俺今騎士団じゃないから先輩じゃないっすね。なんでって、ほら、仕事っす」
「ああ、〈要塞軍〉に入ったんだったか……? なんにしても、首になっといてここらをうろつくんじゃない」
「いや、普通に仕事なんで」
「〈要塞軍〉なんて辺境のやつが、こんなところにいる必要ないだろう」
「あるからいるんす」
「……お前、懲りてないようだな。今すぐたたき出してやってもいいんだぞ」
騎士たちの厳しい視線がロブスに突き刺さるが、まったく気にした様子はない。
それどころか面倒くさそうに目を逸らして、「じゃ、仕事なんで失礼するっす」と回れ右して歩き出した。
騎士の一人がその肩を掴む。
「だからなんなんだその態度。俺たちのこと舐めてるのか!?」
「舐めてないっすよ? でももう別のとこの人間だし関係ないじゃないっすか」
「下町上がりがいい加減にしろよ……?」
ロブスはため息をついて振り返る。
昔もそんな感じだった。
貴族の何男だかしらないが、そんなことをかさに着て、たった一年だけ早く騎士団に入ったからって大威張りで無茶なことばかり言ってきたのだ。
そういうものなら仕方ないと、ずっと黙って言うことを聞いていたのにケチばかりつけられたし、それでいざ手合わせで勝ってしまえば、恥をかかされたから騎士団をやめろと詰め寄られた。
断ったところで先に手を出してきたのは相手方だ。
その頃からロブスはずっと憧れてきた騎士団には、少しばかり幻滅している。
「父上に言ってまたその〈要塞軍〉とかいうのから追い出してやってもいいんだぞ」
「……はぁ、できるもんならやってみたらいいっすよ」
ロブスはため息を吐く。
〈要塞軍〉のトップは将軍として伯爵位をいただいている武人だ。
そして精鋭部隊の隊長であり、上から数えて四番目の地位にいるロブスもまた、末席ながら爵位を得ている。
十年以上前からまるで成長のない騎士にがっかりしたくらいであった。
「何をしている」
そこに通りかかったのはハップスである。
角を曲がったところで、巨体とローブ姿を見つけて、まさか騎士たちがグレイに絡んでいるのではないかと慌てて駆け寄ってきたのだ。
「ハップス様。……昔に騎士団を首になった男がこの辺りをうろついていたので警告していたんですよ」
「……ローブ姿の背の高い老人に関わるなと通達が出ているはずだが」
「人を危険物のように言うのう」
グレイが初めて言葉を発すると、騎士たちはぎょっとした顔をする。
ロブスの方に夢中でよく観察していなかったが、確かにどこからどう見ても不審で巨大な爺だ。
「……共にいるということは、そちらは先生の関係者ですか?」
前回の件からハップスもまたグレイのことを先生と呼ぶようになっている。
「昔の知り合いじゃ」
「たまたま会ったんすよ。俺は〈要塞軍〉のロブスってものです」
「…………【頭蓋割】ロブスか」
苦い顔になったハップスが呟くと、ロブスがあっけらかんと笑った。
「あ、知ってもらえてるんすか。嬉しいっすね」
「……何があったか知らんが、失礼なことをしていないだろうな。〈要塞軍〉大隊長のロブスといえば、武功によって男爵に叙爵された〈要塞軍〉の重要人物だぞ」
「い、いえ、それは……」
騎士の様子を見たハップスはため息をついて、ロブスに向き直った。
「失礼があっただろうか」
「いや、ないっすよ。俺が追い出された昔と何ら変わらないっす」
「……貴殿ほどの人物を追い出しただと」
「ま、昔の話っすから。じゃ、俺は荷物運びの途中なんで。先生、行きましょ」
「うむ、そうじゃな」
ずっと知らん顔をしていたグレイは、ようやく話が終わったかとさっさと歩きだす。十分にハップスたちから距離を置いたところで、グレイは隣を歩くロブスに話しかけた。
「お主、もしかして偉くなったのか?」
「俺の上にまだ三人いるっすよ?」
「【頭蓋割】ってなんじゃ?」
「魔物の頭をかち割って殺すと、色々傷がつかなくて素材がとりやすいんすよ。そんなことばっかしてたら、そう呼ばれるようになったんすよね。……そうだ! 先生も王女のお守りなんてやめて〈要塞軍〉こないっすか? 大隊長の座を譲るっすよ。ついでに男爵も上げるっすけど」
まともな貴族が聞いたら卒倒しそうな失礼全部盛りの提案であった。
ロブスは貴族にまでなった癖に王家に対する忠誠心というものは薄いらしい。
先ほどハップスに対しても他とあまり変わらぬ態度で接していた。
そりゃあ貴族から騎士になったような者からは嫌われるわけである。
「行かんしいらん」
「残念っすねぇ……」
グレイは断りながらも、ロブスの提案を嬉しく思っていた。
もしクルムの教育係になる前だったら、戦闘指導係くらいは引き受けていたかもしれない。
本来それこそ、グレイの望んでいた未来のはずだったのだから。
自分の部屋に荷物を運びこみ、ロブスを送り出す。
一人じゃ荷物を持ちきれそうにないので、明日はビアットにでも荷物持ちをさせる必要がある。
グレイはロッキングチェアに座って椅子を揺らしながら最近の暮らしについて考える。
ついひと月ほど前まで想定していたものとは随分と違うものになってしまった。
それでも、昔の教え子の頼みをあっさり断るくらいには、ここでの暮らしを案外楽しんでいるグレイなのであった。




