間断なく
場所は治癒室の目の前に広がる庭。
走り回るには狭いから、魔法で派手な戦いはできない。
その時点でグレイにとってはハンデを背負うようなものだが、弟子相手だからこそ細かいことを気にしたりしない。そうでなければいくらでもぶーたれるところだけれど。
一日のほぼすべてを治癒室の中で過ごすスペルティアも、いそいそと部屋を出て廊下で見物するつもりのようだ。
「グレイ。建物とか壊さない」
「わかっとるわい」
「……建物を壊す……? ああ、魔法すか」
ロブスは身体強化の魔法と軽い戦いの動きくらいは指南されたことがあるが、魔法をぶっ放しているグレイの姿は見たことがない。それでも身体強化の魔法を上手く使うグレイならば、普通の魔法を使うこともあるかと納得する。
自分の持っている目的に関しては頑固だが、頭が固いわけではない。
「武器、ありすか?」
「構わんぞ」
「じゃ、遠慮なく」
ロブスが腰からするりと抜いたのは、金属製のトンファーであった。
ただの棒と侮るなかれ。
ずっしりと重たいそれは、本来人間相手に使うような武器ではない。
獣の牙や頭蓋を一撃で粉砕する圧倒的威力を持つにも拘わらず、扱いやすさから、手数は他の武器の比にならない。
遠い間合いで勝負するのならともかく、懐に潜り込まれた時には厄介だ。
せいぜい五メートル程度の間合いで、二人は油断なく向き合った。
「じゃ、はじめ」
気合いの入らないスペルティアの掛け声とともに、ロブスが姿勢を低くして走りだす。走りながら身体強化の呪文を唱える。
攻撃は届かなければ意味がない。
まずは近づく必要があった。
左半身を前にして構えていたグレイは、長身を活かして右足から蹴りを放つ。
老人から放たれたとは思えない鋭い蹴りは、しっかりとロブスのこめかみを捉える軌道を描いていた。
ロブスは鋭い蹴りをはっきりと目視し、トンファーで叩き落とすことを考える。
人間の足であれば、迎え撃つことで破壊することは容易い。
ただ、ロブスの知っているグレイは身体強化魔法の達人だ。
自分よりも早く魔法を唱え終わっていて当たり前であった。
その効果が想像以上である場合、迎え撃ったトンファーごと体を蹴り飛ばされる恐れがある。身体強化の練度がどれほどのものであるかわからない以上、むやみに受け止めるよりは、潜り抜けて接近して必勝パターンに持ち込みたい。
ロブスはさらに前傾。
走っていなければ転んでいるほどの姿勢の低さである。
グレイの蹴りが外れる。
しかし、ロブスは首から背中に何かぞくりとするものを感じて、慌てて地面を蹴りつけた。第六感に従ったことで生き残ったことはこれまで幾度もある。戦いのさなかに覚える妙な違和感は特別な力などではなく、思考が間に合っていないだけの、経験からくる警告だ。
頭上を通過するはずだった、グレイの姿勢がぴたりと止まっており、かかとが振り落とされる。
回避して正解だ。
僅かに体を揺らすだけで攻撃を躱すことに成功したロブスは、ようやく攻撃の動作に移った。
その直後、グレイの僅かに前に出た右足のかかとが地面につき、爆ぜる。
踏み込む地面が急に凹み、ぐしゃぐしゃになったことで、攻撃の威力は半減。
足元をしっかり確認したところで、今度は視界の端にグレイの体が捻られ、左手が繰り出されるのが見えた。
もともとロブスに戦いの時の機能的な体の使い方を教えたのはグレイだ。
年を取ったとはいえ、無駄な一撃を放ってくるとはロブスに思えなかった。
半端な攻撃を続けるべきか。
それとも完全に計算されていそうなグレイの攻撃を防御すべきか。
選ぶべきはもちろん後者である。
ロブスはぎりぎりのところでトンファーを交差させて、グレイの左掌底を受け止める。
瞬間、破裂音。
地面の破裂から、ロブスはこれも想定していた。
下から上へ放たれた攻撃は、ロブスの体を宙へと吹き飛ばす。
威力は殺すことができた。
グレイの手を一つ理解した。
妙な破裂を想定すればまだまだ戦える。
弾き飛ばされながらも次の一手を考えていたロブスは、三度嫌な予感に空中で無理やり体をひねった。
そうして着地点を確認してぞっとする。
地面から無数の氷でできた槍が生えているのだ。
氷柱が逆になったようなものを想定すればわかりやすい。
その瞬間ロブスは死を意識した。
いつからあった。
破裂の後だとすればあまりにも詠唱が早い。そんな素振りもなかった。
だとすれば、ロブスが接近しようと走りだした直後には、この魔法が展開されていた可能性が高い。
まさか手合わせでここまでという雑念も混じったが、それ以上に見事に想定通りの動きをさせられていることに歯噛みし、同時に想像をはるかに超えた強者ぶりに背筋がゾクリとした。
面白い。
不思議と心が躍っていた。
ロブスは諦めない。
戦場では諦めたものから死んでいく。
体をひねり、勢いよく逆回転させてトンファーを振るう。
多少の怪我はするだろうけれど、破壊してしまえば致命傷は避けられるはずだ。
鉄製のトンファーが氷柱と接触するかに思われた瞬間、接触の感触もなく掻き消える。
一瞬の意識の空白。
体勢を崩したまま着地したロブスの顎に、駆け寄っていたグレイのつま先が迫る。
上半身ごと首を逸らして回避。
体勢を立て直さなければと考えたところで、つま先が掠った耳元からまたあの破裂音。
しまった、と思う間もなくロブスは意識を手放した。




