糞爺決定戦
「で、加工に必要な物を買いそろえるにはどれくらい必要なんじゃ」
「そうだな……、今だと結局当時の加工費の倍くらいかかるんじゃねぇかな」
「お主、儂のこと舐めとる?」
辛うじて手を出すことをこらえたグレイが、怒気を垂れ流しながら半目になると、流石の老人も慌てて釈明をした。
「おい! そんな怒るんじゃねぇよ! 実際高いんだから仕方ねぇだろうが。だから加工費はロハでいいって言ってるんだしよ。ただこれは俺が買いに行くと、の話だ。あんたに伝手があって用意できるんならその方がいい」
「ふむ、探してみるとするかのう」
「そんじゃ必要な物書き出してやる。一応こっちでも安く手に入らないか聞いてみるけどな。必要な物が揃うまでは前段階の加工をさせとく。こっちこそが加工職人の腕の見せ所だからな」
来た時は咳ばかりで、孫娘に散々『この仕事はやめだ』とかわめいていたくせに、いざ仕事が入れば目を輝かせている。本当はこの老人だって、孫娘に仕事を継がせたかったのだろう。
時折咳き込みながらも血の気の戻った顔色で、がりがりと必要な物を書きだし始めた。
書き出した紙をぺらりとグレイの方へ差し出しながら、老人は更に尋ねる。
「で、いつまでに仕上がればいいんだ」
「バジリスクの目玉はできるだけ早めにってくらいじゃな。鱗の方は四日後までじゃ」
「はぁ!? 八日後?」
聞き間違えたのは耳が遠いからではない。
ありえない数字を聞いて脳が理解を拒否したからだ。
八日後だって早すぎる。
「いや、四日後」
「あんた舐めてんのか?」
「舐めとらん。お前の親父さんならできたじゃろうが」
「おま、こっちは孫娘に教えながらやろうってんだぞ? うちの親父はな、歴史上でも稀にみる凄腕で……」
「約束したじゃろ、やれ」
「こんの……、わざと期日を隠してやがったな……! こっちの要求をするすると飲むからおかしいと思ったんだ!」
「できんのか? そうか、職人というのは嘘をつくんじゃなぁ?」
首を曲げて小さな老職人の顔を覗き込むようにするグレイ。
糞爺対決はどうやらグレイの勝利。面目躍如である。
「や、やってやらぁ! ただし、三日後の昼までに材料は耳を揃えて持ってこい! いいか、揃ってなきゃ間に合わねぇからな! 俺の方で材料を探している暇もねぇ、おい、ラーヴァ! 準備だ準備! こりゃあ忙しくなってきたぜ」
ますます顔を赤くして、老人はバタバタと動き出す。
やはり時折咳をして体をふらつかせることもあるが、病人らしさが残っているのはそれくらいだった。
ラーヴァと呼ばれた女性は目を丸くしてその背中を見送ってから、グレイの方をじっと見て軽く頭を下げる。
「ありがとう」
「何がじゃ、さっさと作業せんかい」
「爺ちゃんが……、ヴァモス爺ちゃんが元気になった……」
「最初から儂につかみかかってくるくらいに元気じゃったろうに。さて、儂は必要な物を集めてくる。期待しとるからな」
「……おう、任せとけ!」
大きな体で勝手口をくぐるグレイに向けて、ラーヴァはドンと胸を叩いた。
さて、成り行きで材料を集めなければいけなくなったグレイは、とりあえず裏路地を出ると、ふらりと目的地を定める。
今グレイが訪ねられる場所と言えば、クルムの陣営かパクス商会くらいだ。
クルムの周りで話を聞くとすればウェスカだが、それよりは商会をやっているパクスの方が詳しいはずだ。
今店にいるかどうかが問題だが、今日中には見つけて伝手を探っておきたい。
そうでないと誕生日には間に合わない。
クルムの誕生日に興味がないふりをして準備をしてるのに、当日に間に合わないのは非常にダサい。先生としての面目も立たない。
なんとしても準備を済ませる心持ちだ。
妙なところで意地を張るグレイである。
パクス商会へやってくると、グレイは茶を見るふりをして中を覗き込む。
従業員はいるようだが、偉そうに語りかけるのもなんだか違う。
かといってへりくだるなどもってのほかだと、無駄なプライドを発揮して時間を潰す。
数分もしないうちにグレイに気づいた従業員は、そのでかくて怪しい老人を見て、はっとした顔をする。
もし来ることがあれば丁重に迎えることをパクスに言い聞かされているのだ。
「グレイ様でいらっしゃいますね。もしよろしければ奥へ……」
「む、うむ、そうか。ふむ」
求めていた通りの行動をしてもらえて、偏屈な老人は顎鬚をなでながらその案内に従った。扱いさえわかっていれば、それほど対応には難しくない老人である。
従業員からグレイが来たことを知らされたパクスは、たまたま店舗で仕事をしていたことと、普段からの自分の善行に感謝をした。決して神に感謝をしないのがパクスらしいところである。
素早く顔に掛けた布を新しいものに取り替えて、あまり待たせないようにいつにない早足でグレイが待っている部屋へと向かう。
何せパクスの知る限り、グレイが教え子の下を自分から訪ねるのは初めてのことだ。
クルムに連れてこられたことについてはノーカウントである。
「父さん……?」
ちょうど通りかかった息子が、浮かれた足取りで廊下を歩く父の背中を気味の悪いものを見るように見送るのであった。




