顔はやめて
「な、なにを……!」
ファンファが驚いている隙に、後ろに控えていた冒険者たちが動く。
グレイは彼らのことをでくの坊と称したが、二人そろって界隈では名のしれた冒険者だ。その動きは素早く、判断は早かった。
クルムをファンファから引きはがすために手を伸ばす。
「お主らの相手は儂じゃ」
伸びてきた手にガッツリと指を絡ませたグレイ。
冒険者二人とグレイで二人の王女を挟み込んで隠すような形となった。
しかしその均衡が続いたのはほんの僅かだった。
冒険者が体の強化をするために呪文を唱え始めた時には、すでにグレイの身体強化は終了している。
腕と足にぐっと力を籠めてひねれば、二人そろって部屋の扉の方へと飛んでいく。
他の冒険者たちに支えられて二人が何とか立ち上がった時には、グレイが悠々と仁王立ちして、クルムまでの道を遮っていた。
「なにしてるの! 早くそいつを何とかしなさい!」
直前まで余裕綽々であったはずなのに、どうしてこんなことになっているのか、ファンファの思考はまだ追いついていない。
まだまだ人数はたくさんいる。
冒険者たちはこんな時のために集めてきたのだ。
「殺しも怪我もなしでお願いします!」
「やれ、注文の多い小娘じゃ……」
振り返らず叫んだクルムの命令を、グレイは一応聞いてやることにした。
グレイならばそれくらいできるだろうという信頼には応えるべきであったし、あれだけプレッシャーをかけてやったのに、クルムが自分とは違う、ただし自分なりの答えを出したことへの褒美でもあった。
頼みの冒険者たちが、頼りになるむくつけき男たちが、たった一人の老人にポンポンと片手で投げ飛ばされているのを見て、ファンファはぽかんと口を開けた。
「どうですか、お姉様。うちの先生は頼りになるでしょう」
「な、なによ、あの、化け物……」
「さて、数が多くて面倒じゃな……」
グレイは丈夫なテーブルに手を置くと、いつもの魔法のなり損ないを使って破壊しつつ部屋の端まで吹き飛ばす。
「次に儂が掴んだものは、これと同じ目に遭うと思え」
ファンファの命令で冒険者たちは武器を持っていない。
持っていたからといってグレイに対抗できたかといえばそんなことはないかもしれないが、相手が一撃必殺の武器を持っているというのに懐に飛び込むのには相応の勇気が必要だった。
「お姉様、早く決断をしないと、先生は辛抱強い方ではないですよ。お姉様の部下たちが心配ではないのですか?」
もしこれで部下を見捨てるようなのであれば、ファンファを味方に入れるメリットは少なくなる。どうするつもりなのかと見ていたが、ファンファは唇を噛んで経過を見守っている。
他の冒険者たちが躊躇うなか、いつもファンファの後ろに控えている二人だけは勇敢に立ち向かっていった。
後ろで動きが有った気配を感じて、クルムは指輪と共に握りこんでいるファンファの手を強く引く。ファンファが抵抗しようとぐっと力を入れたところで、今度は逆に前へと体重をかけてファンファを後ろに転ばせた。
そうしてその頃には、掴みかかった二人の冒険者の手はグレイの片手にあしらわれ、ガッツリと顔面を掴まれている。
魔法のなり損ないを発動させれば、見目の整った二人の冒険者の顔は、見るも無残なことに成り下がることだろう。
「少しでも動けば殺す」
「さぁ、どうするのです!」
クルムは行儀悪くファンファの顔の横に足を振り下ろし、顔を寄せて決断を迫る。
ちらっと見たグレイは、王女の癖に行儀が悪いと思ったが、少しばかり胸がすっとしてニヤッと笑う。
ファンファの唇がきゅっとなり、みるまにまぶたに涙がたまってぽろぽろとこぼれはじめた。
「やめてぇ、顔は大事なのぉ……!」
「泣いてもどうにもなりませんよ。傘下に入るのか、このままお気に入りの冒険者を端からみんな先生に殺されてしまうかです! 見ての通り先生は私の言うことなんて聞きませんからね!」
グレイはこの小娘好き勝手言いやがるなと思いながらも、一応よくできましたのお祝いなので、黙って冒険者を二人キープしてやっている。
手のひらに呼気が当たって気持ち悪かった。
「ファンファ様! 俺たちのことはいいっ!」
「お前ら、気にせずにっ!」
冒険者二人がかっこいいことを言いかけた瞬間、グレイは二人の後頭部を床にたたきつけてその意識を奪った。
「くすぐったいんじゃ」
別に意識を奪っておいてもいつでも殺せるので問題はない。
「やめて!! 私はあんなに優しくしてあげたのに、なんでこんな酷いことするのよぉ分かったわよぉ!」
「答えてください!」
「分かったわよ、言うこと聞けばいいんでしょぉ!」
「傘下に入るか、入らないかです! 早く!」
クルムの方も、そろそろ本当にグレイが冒険者を蹂躙し始めるのではないかと気が気ではない。グレイはそんなつもりはないとは言いつつも、心の中まではわからないし、つい先ほどまで自分ならファンファはぶっ殺すと宣言していた老人である。
「入る、入るから放してあげてぇ」
「……良かったです。これで建設的なお話ができそうですね」
解放してからも、ファンファはぐすぐすと床で泣いている。
「皆さん部屋の端で待機を。そちらの二人を介抱してあげてください。ファンファお姉様は今この時から私の傘下に入ります。私のお願い、聞いていただけますね?」
話についていけていない冒険者たちは、それでもグレイの無言の圧によって、クルムの言うがままに行動を開始するのであった。




