傘下に
ファンファは今日も二人の護衛を連れてクルムのことを待っていた。
グレイが『でくの坊』と称した冒険者の二人である。
「てっきり連れてくるのはウェスカだとばかり思っていたのだけれど……。私はその方は好みませんの」
開口一番自分の意見をきちんと伝えるファンファ。
クルムはしっかりと顔を上げたまますました顔で答える。
「先日の行き過ぎた言葉については謝罪します。申し訳ありません、お姉様。私の顔に免じて今日のところはご容赦ください」
「……そうね、私が招いたのですし、追い返したりはしないわ。さ、座って」
仕方なしに受け入れたファンファは、クルムに椅子をすすめて自分も腰を下ろす。
椅子にはレースのカバーが掛けられ、あちらこちらに少女趣味の飾り物がされている。十代後半に差し掛かろうというファンファの部屋にしては、少しばかり子供っぽかったが、彼女の容姿は部屋に良く馴染んでいた。
クルムが椅子に腰かけると、グレイも平気な顔をしてその隣の椅子に座る。
ファンファ付きの者は誰一人座っていないのに、きわめて図々しい行動だった。
当然主が注意するべきことだと思いファンファは目線で不快を訴えるが、クルムはツンとすましているばかりで、まったく行動に起こす気配がない。
これまでの従順な姿から一変した妙に強気な態度を、ファンファは訝しく思った。
そして、もしやこの無礼な老人こそがクルムに悪い影響を与えているのではないかと疑い始め、グレイをじろじろと観察する。
七割がた正解であるが、それはクルムが望んだことでもあるので必ずしも悪とは言えないのが難しいところだ。
見目の良い給仕が迷いながらグレイにも茶と茶菓子を出すと、ファンファはじろりとその男を睨み、わざとらしく大きなため息をついた。
「クルム、そちらのご老人はどういった身分の方なのかしら?」
「私の教育係と言うことを除けば特には」
「どこで拾ってきたの? よく知りもしない人を招き入れていることを、亡くなられたあなたのお兄様方が知ったら、嘆くのではないかしら?」
兄を引き合いに出されたクルムであったが、怒りはしなかった。
ファンファが兄たちのことを意外なほどよく見ていたと知っているからだ。
しかし、それでもクルムは自信を持って目を細めて笑った。
「いいえ、きっとお兄様がご存命でも、先生のことは歓迎したと思います」
「……まさかあなた、その方に操られていたりしない?」
「私はずっと正気です。でもご心配ありがとうございます」
二人が会話をしている間も、グレイは静かに茶を啜りぼりぼりと菓子を食べているだけだ。会話に混ざるつもりは一切ない。
今回はクルムの指示に従うと決めているから、よほどのことがない限り自主的に動くつもりはなかった。
クルムに対していくら文句を言ってもグレイをどける気がないことを悟ったファンファは、ついに諦めてその存在を無視していつも通りの世間話を始める。
その中には真偽が定かではない上の兄弟たちの情報なんかも時折混じってくる。
自分の縄張りで話しているからか、ファンファの口はいつもより少し軽かった。
有益な情報はせいぜい五パーセントにも満たないが、まったくの無駄ではない。
一応は王位継承争いに参加しているだけあって、クルムよりは持っている情報は多いようであった。
グレイにすれば五パーセントなど無視して正面突破できる数字であるが、クルムからすれば貴重な情報にもなり得る。
いつも通りに相槌を打ちながら聞いている。
ここ数日と変わらぬ光景だった。
唯一違う点があるとすれば、時折グレイが給仕を指で呼び出して茶菓子のお代わりを頼み、その都度ファンファが僅かに嫌そうな顔をすることくらいだろう。
やがて時が過ぎ、今日も一日無駄な時間を過ごしてそろそろ帰る時刻となった頃。
「それではお姉様、そろそろお暇させていただきます」
クルムが暇の願いを申し出る。
グレイは今日も何も起こらなかったかと、少しばかり肩透かしを食らったような気分だ。部屋の周囲に人が増えていることはなんとなく悟っていたが、ここはファンファに与えられた区域だ。
逆にファンファの方が途中で何か起こすやもと期待していたが、それもないようでがっかりである。
つまらんことだと思いながら茶菓子のいくつかをポケットに忍び込ませていると、ファンファがにまーっと悪い笑みを浮かべた。
「もう少しゆっくりしていってはどうかしら?」
「いえ、ウェスカも心配するので」
「そう言わずに、今日と明日くらい、ここに泊っていくといいわ」
「……明日は大事な用事があるので」
「その指輪をパクス商会に届けるのよね。代わりに私がやっておくわ?」
ファンファが二度手を叩くと、どやどやと冒険者が踏み込んできて、外へ出られないように扉を固める。
「お姉様、これはどういうつもりです?」
「私、散々穏便に頼んだはずよ? 指輪を私に預けなさいと。安心して、スペルティア様に払ったお金はちゃんと私が立て替えてあげる。それであなたは私の傘下に入るの。王を目指すのはやめて、私と一緒に楽しく自由に生きましょう? きっとあなたのお兄様もそれを望んでいるわ。あ、ただしその場合、そちらのご老人は放逐なさい。わたし、その方嫌いよ」
じろりとグレイを睨むファンファ。
もともと殺してもいいと思っていたが、思った以上にクルムとの関係が近くなってしまったため、恨みを買うのを避けたくなったファンファは、強い言葉を使うのを避ける。
身分がないというのならば、王宮を追い出されればただの市民。
この先の人生で出会うこともまずないだろうと見下しての許しであった。
「お断りするとどうなります?」
「お断りできる状況ではないはずよ。かわいくないから手荒なことはしたくないの、素直に言うことを聞きなさい」
クルムは兵士が乗り込んできたときも、要求を告げられた時も、焦る仕草を一切せず、椅子から腰を浮かすどころか、振り返ることすらしなかった。
こんなことになるだろうと想定していたからだ。
むしろファンファの行動は、クルムが想像していた物よりもずいぶんと甘かった。
「どうやらお姉様は意外に私のことを大事にしてくれていたようですし、お兄様たちのことも評価してくれているようですね……」
「そうね。……母の生まれにも、少しだけ共感するところがあるし」
だからこそ最初に争うことになってしまったのだが、どちらも市井の生まれ。人を楽しませる仕事、と考えれば非常に近しい仕事であるとも考えられる。
ファンファはそんな理由もあって、クルムの兄たちの下を訪れていたのだった。
ファンファは昔のことを思い出す。
思い出して胸が少し苦しくなった。
優し気なまなざしで子供たちを見つめるクルムの母親が羨ましかった。
あの人が自分の母親であればよかったのに、と思うこともあった。
クルムのことが羨ましくて妬ましかった。
でもそんなクルムの母も無残な最期を遂げたのだ。
今や同情の気持ちすら湧いている。
「お姉様にお兄様のお話を聞いている時は、昔のことを思い出すことができてとても楽しかったです」
「そう。……なら、やることは決まっているわね?」
「はい」
ファンファが立ち上がると、クルムもそこで初めて立ち上がり、至近距離で対面する。
クルムは首から指輪を外し、手に握りこむ。
ファンファが差し出した手に、指輪を持っている手を重ねて、ファンファの手を握った。
この時のファンファは、クルムが自分の傘下に加わるのだと信じて疑わなかった。
クルムは瞳に闘志をメラメラと燃やしながらファンファに顔を近づけた。
「な、なによ、なになに?」
急に顔を寄せてきた妹にファンファは戸惑ったが、当然口づけをするために顔を近づけたのではない。
額をこつりとぶつけてクルムは挑発的に笑う。
「私、本気で王位を狙っているのです。お姉様こそ、私の下につく気はありませんか?」




