ファンファの自由
クルムは椅子に深く腰掛けて、指を組み俯いた。
グレイの言うことがもっともであると考えた上で、ここ数日のファンファとの交流を思い出す。
ファンファの母親は、クルムの母と似たような形で王宮にやってくることになった。ファンファと同じく、幼く見える容姿に肉付きの良い体をしており、夜の仕事をしているというのに無邪気にも思えるような性格をした、魅力にあふれた女性だった。
愛されるのが当然で、愛されないことが許されない女性だった。
国王に召し上げられるという特別な優越感。
熱心に国王が閨に来ている間は変わらぬ魅力を放っていた彼女だが、ファンファをその身に宿し、国王の足が遠ざかると心のバランスを崩した。
ファンファの世話をすることも放棄し、国王の下へ通う毎日。
彼女は王宮の作法を知らない。
知らないから陰口をたたかれ、ますます国王の心は遠ざかっていく。
彼女はいつの間にか国王に恋焦がれていたのだ。
いやそれはもしかすると、自分を選んだ国王という身分に対してであったのかもしれない。
ファンファが幼い頃、ファンファの母は自ら命を絶った。
その姿を最初に見つけたのは、幼い娘であるファンファであった。
ファンファは母の美しさに憧れていた。
しかし国王に執着するその姿は醜いと感じていた。
だから幼いファンファは、自由に憧れた。
誰よりも自由に生きて、誰よりも多くの人に愛されて生きていくことにしたのだ。
たった一人の男の愛を得られず、世を儚んで命を絶った、母のようにならないために。
長い長い無駄話のピースを組み合わせることで、クルムはファンファの人格が形成された理由を知った。彼女には彼女の人生がある。
ファンファは年の近いクルムの兄とも交流があった。
穏やかで賢い上の兄のことを気に入っていたファンファは、良く兄妹である、下の兄やクルムのことを鬱陶しがっていたのを覚えている。
ファンファは上の兄のことを『素敵な人だったのに、もったいないことをしたわ』と語り、下の兄のことを『小さなころはうるさくて邪魔に思ってたけど、亡くなった時はやっぱり残念に思ったわ。あの子も日に日にかっこよくなっていたし』と語った。
すべて彼女が兄たちを自分のハーレムに加えたかった、という視点からの話でしかなかった。しかし彼女が、クルムの兄の死を悲しんでくれていたことは本当である。
話の内容は見当はずれで、クルムをイラつかせる点も多くあったけれど、今は亡き兄のことを語れる数少ない相手でもあった。
特に上の兄のことは、ウェスカだってよく知らない。
ハップスと喋れば少しは話題に出るのだろうが、あれは言葉の少ない男だ。
話して盛り上がるようなことはないだろう。
その点ファンファは上の兄のことをよく見ていたようだ。
クルムですら覚えていないような些細なことを語ってくる。
思い出の中ですら掠れかけていた兄の顔が鮮明に思い出されて、その時だけはクルムも退屈ではなかった。
雑草のお茶を出してしまったことを、ちょっとやりすぎたかなと思ったくらいだ。
だから流されてしまったのかもしれない。
もちろんこれはただの言い訳だった。
クルムは、王を目指すのだから答えを出さなければならない。
「…………先生のおっしゃることももっともです。私は動くべきだったのでしょう」
「ならばどうする」
「……お姉様の呼び出しに応じます。ただし、やはり先生には共にきていただきます」
「ほう、殺す気になったか」
「いえ、それはあちらの対応次第です。あちらがそのつもりでくればもちろんそうします。ただ、そうでなければ、私なりの対応をします。不甲斐ない姿を見せましたが、先生は協力してくれますか?」
グレイは鬚を指先でつまむようにして撫でながら、じっとクルムの目を覗き込む。
そこに僅かに揺れる迷いがあることを見破りながらも「ほっ」と声を出して笑った。
「ま、良かろう。王を目指すのは儂ではない、お主じゃ。まずは今回の結果を見てから、先のことは考えることとするかのう」
折角ちょっと楽しくなってきたのだ。
実のところグレイは、クルムが不満を隠しながら渋々自分の意見に従うようでも、真っ向から反対して自分を遠ざけるようでも、クルムに覇王になることを諦めさせ、ここから去るつもりでいた。
しかしクルムはクルムなりに考え、丸々受け入れるでも完全に逆らうでもなく、このわずかな思考時間で自分なりの考えをまとめたのだ。
やはりこれまでの人生で見てきた者の中でも、能力はぴか一に高い少女であった。
「ありがとうございます」
「まぁ、乗り掛かった舟じゃ」
そんなことを言いながらも、ついさっきまでは離脱することすら考えていたグレイである。食えない爺だ。
クルムはウェスカたちに一言告げて、廊下へと出て、ファンファが与えられている区画へと向かう。
ファンファの使っている区画に立っている兵士は、クルムのところとは違ってびしっとしており、装備もピカピカに磨かれていた。やる気にみなぎっているところを見ると、ファンファのやり方も、一部は効果が出ているであろうことが分かる。
「一応言っておくが、あちこちに人の気配はあるのう」
クルムの真後ろにいるグレイが、声の飛ばす方向を調整し、クルムだけに聞こえるように呟く。
「想定済みです。その辺りは先生に任せると決めているので」
「まったくもって頼りになることじゃ」
もちろん嫌味であるが、クルムは気にしなかった。
いちいちグレイの嫌味に付き合っていると話が進まない。
部屋に通された瞬間、ファンファは機嫌よさげにしていたが、グレイの姿を見るなり眉間にしわを寄せた。
グレイは以前にクルムとファンファの会話を邪魔したばかりか、『お主みたいなのは体格だけは立派なでくの坊どもとそこらで乳繰り合っておけ』と吐き捨てて去っていったのだ。
機嫌が悪くなって当然であった。




