仕掛けとあしらい
ファンファは足を組み、指先でかつかつとテーブルを叩いていた。
本当はこんなところには二度とこないつもりだったのだが、最近何やら動いているらしいという報告を受けて足を運んだのだ。
数日前のウェスカ誘拐は、なぜか騎士団がやってきたせいで思ったようにいかなかったが、それなりの成果は残せた。
馬鹿な妹は財布を軽くして意気消沈している。
とはいえ、少し前にその妹がこの商会を訪れたというのは事実だ。
何度か訪問しているのは知っていたが、これまでは商会に動きがなかったから見逃してきたものの今回は話が別である。
すげなく扱われてから訪ねてきていなかったが、それでも真実を探る必要があった。
それがどうだ。
折角王女であるファンファが尋ねて来てやったというのに、お茶一杯ですでに一時間は待たされている。
いつもだったら帰ってやるところだが、今日は目的があるので、相当にストレスを溜めながらも待っていた。
「おや、どうもこんにちは」
ぬるっと部屋に商会の主が現れる。
ファンファは苛立ちを隠すことなく、足を組んだままその人物を睨みつけた。
全身黒づくめで帽子をかぶり、顔まで隠す徹底具合だ。
目上の人物と面会する時の装いではない。
「随分とお忙しいのですね」
「お陰様で……」
陰気な雰囲気を持った男だった。
目元しか見えないせいで表情も今一つ読み取れない。
ファンファはこのパクスと言う男が苦手だった。
男の癖に色気が通じそうな気配がまるでないからだ。
「今日はどんなご用向きです?」
「噂を聞きましたの。うちの妹に指輪を預けていらっしゃるとか?」
「耳敏いですねぇ」
褒めているようでいて馬鹿にした発言だった。
パクスが『大事な指輪をひと月後に持ってきたものに手を貸す』と、ファンファの界隈に届くように噂を流したのは、五日も前のことである。
情報管理がずさんなのか、それとも腰が重いのか。
どちらにせよ自分がわざわざ時間を作って相手をしてやるような器ではないとパクスは考えていた。
ただでさえパクスは王侯貴族が嫌いなのだ。
ファンファは以前にも勝手に訪ねてきて、偉そうに上から目線で手を貸せと言ってきたことがあった。断ったら不機嫌そうに帰っていって、冒険者崩れに営業妨害をさせたのはまだ記憶に新しい。
当然その冒険者達には行方不明になってもらったのだが。
末端のものであったせいか、ファンファはそのことにも気づいていないのかもしれない。あるいはどこかで耳に入れないように情報が止まっているのか。
成り上がりの癖に偉そうにしているファンファなど、いなくなった後に塩をまくくらいには大嫌いだった。
これの相手をしているくらいなら、先日のクルムの相手をしているほうが数段ましである。彼女はきちんと事前にパクスの予定を聞いてから訪問日を知らせるし、待たされてもじっと耐える。
嫌な顔一つしたこともなかった。
そう考えると、グレイがあの王女に肩入れする気もほんの僅かにはわかる。
どちらにせよ今回の試練を突破しない限り、まともに相手をしてやるつもりもないが。
「それから……」
ファンファはテーブルに身を乗り出して、パクスに胸の谷間を主張する。
あまり効かないとはわかっていても、これがファンファのやり方だ。
「今月の終わりにそれを持っていた者の願いを一つ叶えてくださる、とか?」
「さぁ、どうでしょうね。噂は噂。時折真実が混ざっていることもありますが」
パクスは涼しい顔で答える。
身を乗り出してきたファンファに対しては、行儀の悪いはしたない女としか思っていない。
サービスならば後ろで鼻の下を伸ばしている冒険者共にしてやればいいのだ。
パクスは時折人攫いの手伝いをする冒険者崩れ共も割と嫌いであった。
昔それで仲間が数人殺されている。
冒険者は冒険者らしく、辺境で狩りをしていればいいのだ。
人間を狩るようになってはお終いだ。
「そうですのね。噂は噂、真実が混ざることもある」
わざと勘違いさせやすい言葉を選べば、ファンファは平気で流される。
世の中が自分の都合のいいように回ると信じているのだ。
仮にこの女が指輪を持ってきたとしても、パクスは当然協力するつもりなんて一切なかった。
それどころか、クルムに預けたはずのものを持っているとして、窃盗の疑いをかけてやるつもりである。
当然こんな頭の中まで香水の匂いを充満させたような女に指輪を奪われるようならば、クルムには何の価値もない。いくらグレイが傍にいようとも、パクスは手を差し伸べるつもりはなかった。
恩は恩。
これはこれ、である。
ファンファはごちゃごちゃと自分の陣営に加わることのメリットを一方的に喋っていたが、パクスはそんなことにはまるで耳を貸していなかった。
聞き流しながら商品の仕入れのことや、新しく開く店舗で何を扱うかを頭の中で考える。
「すみません、次の約束があるので」
そうして十分ほどが経過したところで、ぴしゃりと話を遮る。
ファンファは目を見開き、そのあと頬を膨らます。
人によってはかわいらしいと思う仕草なのだろう。
とにかくさっさと帰ってもらおうと、ファンファと冒険者を部屋からだし、途中で袋に手を突っ込み塩を握りこむ。
「……二週間後、きっとまたお目にかかりますわ」
「そうですか」
パクスは見えないくちで半笑いして、握った塩をファンファたちにぶちまける。
「な、なにを……!」
「ああ、これはですね、大事なお客様に幸あれと願うための儀式なのです。貴重な塩をばらまくことで、その方の未来を祝福しているのです」
「……そういうことなら」
今一つ納得いってなさそうな顔をしつつもファンファは帰っていく。
パクスはこらえ切れず笑いを漏らして店内へ戻っていく。
『嫌な奴が来たら二度とこないように塩をまくのじゃ』
『そんなん聞いたことないけど』
『儂の故郷の風習じゃ』
無駄な時間を過ごしたが、今の一撒きで随分とすっきりした。
「すみません、いつものお茶を」
グレイにも届けているお茶を店の者に頼んで奥へ引っ込む。
次の約束なんて今日はない。
うるさい女を追っ払うことに成功して、パクスは機嫌良く自分の仕事を始めるのであった。




