快勝
「お待たせして申し訳ございません。ところで、何か驚くような事でも……?」
いかにも心配していますよ、不安ですよ、みたいな顔をしてクルムが尋ねる。
ここにウェスカがいることに驚いているとわかった上での質問だからたちが悪い。
「いえ、なんでもなくてよ……?」
「そうですか。あまり部屋に人を招くことがないので……。失礼がないように慌てて準備したのですが、何か変なところがあったのではないかと心配してしまいました」
お前のように乱れた生活はしていないので、という皮肉を交えての言葉だったが、今のファンファにそれは届かない。
連絡がないことを所詮は街のチンピラのやることだからと前向きにとらえて、クルムの顔を見に来たのにこのざまだ。内心ではスカベラや、ある商人に紹介された裏社会の連中を罵りまくっていた。
「ところで、ご用向きはなんでしたか?」
「……昨晩、随分と慌てて宮中から出て行ったので、何かあったのではないかと心配をしてきたの。あの立派なお爺様がいらっしゃらないようだけど、大丈夫だったかしら?」
面の皮が厚いとはこのことだ。
馬鹿にできないとわかったらあっさりと方針を切り替え、本人から情報収集をし始めた。
わざとらしく目を潤ませて、いかにも心配しているような表情まで作っている。
少しでもファンファに欲を抱いている者だったらころりと騙されるかもしれない。
それくらいにはファンファの媚は堂に入っていた。
ただ、元からファンファのことを好ましく思っていないクルムがそんな演技に騙されるはずもない。
内心では顔の真ん中にパンチするイメージを抱きながら、同じく目を潤ませて演技を返して見せる。
「……私、宮中では仲良くしてくださる方もおらず、いつもさみしく思っていました。ファンファお姉様がそれほど気にしてくださっていたなんて嬉しいです……」
肝心なことは何一つ答えずにファンファの偽物の好意にだけフォーカスをあてて感動した振りをする。ファンファからは察しの悪い女だと思われるかもしれないが、これでいい。
あまりしつこく突っ込んでくるようだと、昨晩の出来事に自分が関与していると白状するようなものだ。
もしファンファがクルムのことを愚鈍な妹だと思っていようとも、すぐ後ろには昨晩間違いなく捕まって痛い目に合っていたはずのウェスカが控えているのだ。流石にそこまで図々しく情報収集はできない。
「そうなのね……。宮中では肩身の狭い姉妹だもの。これからも何かあればいつでも頼ってくれていいのよ? 私はいつだってあなたのことを心配しているのだから」
「ありがとうございます。頼りにさせていただきます、お姉様」
もちろん、ファンファの言葉は『あまり調子に乗るとひどい目に遭うかもしれないぞ』と言う皮肉を込めた言葉だったが、クルムはこれにも鈍感な振りをして好意だけを受け取っておく。
「実は昨晩……ウェスカがなかなか帰ってこずに迎えに出かけたんです。私にとっては数少ない信頼できる部下ですから」
「あら、それは大変でしたわね……!」
ファンファは驚いたふりをして口元を隠す。
のらりくらりと嫌みを躱すクルムが、賢いのか本当に愚鈍なのか判断に迷っていたファンファだったが、ここで判定は一気に後者に傾く。
まさか自分から情報を漏らしてくれるとはほくそ笑むのを自然に隠すために、口元に手を当てたのだ。
「どうやら何者かに捕まっていたようなのですが……、騎士団の方々が助けてくださったようです。ハップスお兄様は裏切り者がいると憤って、黒幕を探していらっしゃるとか……? 怖いですね……」
「恐ろしいこと……。私も部下たちには気を付けるように伝えておきますわ」
ハップスの話を出されるとファンファは弱い。
騎士団は王宮の公的な勢力だ。
勢力の規模としても、格としても、ファンファの持っている力では及ばない。
精々ちょっかいをかけるのが関の山である。
まさかばれることはないだろうけれど、スカベラの脱獄手引きをしたのはファンファだ。
しかしながら寄生先の候補でもあるので、あまり印象が悪くなっても困る。
大して役にも立たないくせに、足を引っ張ることばかりするろくでもない奴だと、スカベラに対して内心で唾を吐きかけた。
「ウェスカは酷い怪我をしていたので、連れて帰ってスペルティア様に治癒魔法をかけていただきました」
「まぁ、それはその、たいそう物入りではなくて……?」
「はい……。しかしウェスカは大切な部下ですから」
そこでファンファはぴんとひらめく。
目を細め、ここ一番の優しい顔を作り猫なで声で話しかける。
「ねぇ、クルム。いつだか首から指輪を下げていたでしょう? 私あれが気に入りましたの。どうしても贈り物をしたい殿方がいて……もし私に譲ってくれたら、スペルティア様に支払ったお金、全て立て替えても構わないわよ? なんなら言い値で買い取ってあげるわ」
「本当ですか!?」
「ええ、ええ、本当ですの」
乗ってきた。
ファンファは目の奥を爛々と輝かせたが、直後クルムはしゅんとした表情で俯いてしまう。
「しかし、これは預かりものなのです……。後しばらくしたら先方へお返しするので、その時にお姉様のことを伝えてみます! 言い値で買って下さるんですよね!」
「あ、いえ……、近々に贈り物にしたく思ってましたの。そういう話でしたら、申し訳ないのだけれど……」
「そうですか……、ご好意を無下にしてしまい申し訳ありません……」
ファンファが知っている情報は、ある商業組合の代表が、クルムが首から下げている指輪を一月以内に手に入れたいと考えている、と言うことだけである。
価値のわからないな愚鈍な妹には勿体ない。ファンファはそう思い内心で歯ぎしりをする。
一方でクルムは尻尾を出したなと、心の中では笑っていた。
何者かが、いや、おそらくパクスがわざと自分に試練を与えようとしていることに気が付いたのだ。パクス自身、ばれてもいいと思っているような空気をクルムは敏感に感じ取っていた。
いわば、この王女と比べて、お前はどの程度のものなのだ、という試験のようなものなのだろう。
二人はその後も内心で舌を出し合った不毛な会話を繰り返し、結果的にファンファは何一つまともな収穫を得ないまま部屋を後にすることになった。
与えられたのは誤った情報ばかり。
まだ十三にもならない少女だと侮っているから、一方的にクルムの手のひらの上で転がされたような形であることにすら気付かない。
気づくのはいつになるかわからないが、今回は完全にクルムの勝利といって差し支えないだろう。




