因縁
「さて、戻るとするかのう」
ビアットを人質に取っていた男を簀巻きにしながら、グレイは王宮のある方を見やる。自分のいない間に何かが起きている可能性は十分にあった。
「お主ら、兵士が騒ぎを聞きつけてきたら、こ奴を差し出すんじゃぞ」
「はい……」
「いつまでもめそめそするでない」
地面に座っている男たちはいつまでもひかぬ頬の痛みに、ずっとしくしくと泣いている。そりゃあ長く痛むように叩いたのだから痛いに決まっている。
人の命を狙っておいてその程度で許してやっているのだから、グレイとしては泣きながら感謝してほしいくらいだ。
「次悪事に加担しているのを見かけたらどうなるかわかるな?」
「はい……」
「はきはき返事せんともう一発喰らわすぞ」
「はい!!」
「よし」
グレイが来た道を戻ろうと歩き出すと、正面の細道から腰の曲がった怪しげな老人が姿を現す。怪しさで言ったらグレイとどっこいどっこいだ。
「ヒッヒ、こんだけ暴れておいて、ただで帰れるとは思ってねぇだろうなぁ」
「また変なのが出たのう。王都っつーのは、こういうわけわからんのが多くて困るんじゃ」
男が姿を現した途端、いつの間にか目を覚ましていた簀巻きにされた男が、ムームーと騒ぎ出す。その辺に落ちてた布で猿ぐつわまで噛ませてあるから、何を言っているかわからないが、どうやら知り合いであるようだ。
「安心しな。お前も消し炭にしてやるよ」
「儂は帰るところなんじゃ。邪魔をするでない。老い先短い命、ここで終わらせたくはなかろう」
「お前こそ、調子に乗らなきゃ無事に明日を拝めたのになぁ」
グレイはそろそろ王宮に戻りたいから本当にめんどくさく思いながら、路地裏の狭い空を見上げる。するとそこには何やら自分たちを覗き込んで気配を消している男の姿があった。
包帯でぐるぐる巻きになっているけれど、シルエットにはなんとなく見覚えがある。元騎士のスカベラだ。
この面倒くさい仕掛けの一連に絡んでいるとみて間違いないだろう。
「直接では勝てぬから小細工か」
頭上から舌打ちが聞こえ、姿が消える。
追いかけても良かったが、目の前の男を無視すると、それこそかんしゃくを起こしてここら一帯を無茶苦茶にしてしまいそうだ。
グレイは知らないやつの命は比較的どうでもいい方だが、それはあくまで自分に楯突いた場合だ。何も知らぬ一般市民が不幸になることまでは許容していない。
「少々魔法を使えるようだがなぁ、俺はこれでも一級魔法師の資格を持っているんだ。勝てるとは思わんことだな」
「御託の多い奴じゃのう……。大層な資格掲げて馬鹿どもの用心棒とは、恥ずかしくないのか?」
「ヒヒッ、これが一番金になるんだよっ! 炎よ、青き炎よ、燃やし尽くすまで燃え尽きることなき飢えたる炎の精霊よ。其にあるは獲物。其にあるは生贄。心行くまで食らい尽くせ!」
グレイの挑発に腹を立てたのか、腰の曲がった男が杖をブンブンと振り回し、青く揺らめく炎の球をいくつも射出する。
避けることも自分にあたるものだけを迎撃することも容易い。
しかし炎の球のいくつかは、最初からグレイを狙っていなかった。
どれか一つでも放置すれば、簀巻きの男や、頬を腫らした男たち。それにビアットに着弾し燃やし尽くすことだろう。
確かに腕はそれなりにいいようだ、とグレイは判断する。
ただしいつまでも患っている中二病と、過剰なまでの魔法への自信による自己顕示欲はただの弱点でしかなかった。わざわざ何をしようとしているか教えてくれる魔法使いなど、腕が良くても戦いの場で生き残ることは難しいだろう。
だからこそこんなしょうもない悪党の下に雇われているのだ。
グレイは指先を地面に向け、すっと天に向けて腕を持ち上げる。
口は僅かに動いているが、何を言っているかまでは聞き取れない。
グレイの背後に、腕の動きに合わせて地面から薄い水のベールが持ち上がった。
続けて親指を立て、人差し指の先端を魔法使いの男に向けたグレイは、短く口の中で呪文を唱える。
指先から勢いよく飛び出したのは、竜の顎を模した水の塊。
それらは亡霊のような顔を持って迫ってくる青い炎と絡み合い、ごくりと飲み込んだところでぽしゃりと地面に落ちていく。
グレイには当たらぬコースを進んできた炎は、水のベールに捕らわれるようにしてそこで動きを止め、消えることなく燃え盛っている。
「その魔法、お前、お前ぇぇえ、グレイだな! グレイ=アルムガルド!!」
一つだけ残っていた水竜の顎が、腰の曲がった魔法使いの顔に当たり、その首をぺきりとへし折った。
明らかにたくさんの人を不幸に陥れてきた魔法使いだ。
ここで見逃せばよくわからない言いがかりをつけて、今後もグレイの周りに現れてろくでもないことをしてくることだろう。
老人と言うのは頑固なのだ。
ちょっとやそっと引っぱたいたところで、性根はなかなか変わらない。
自分がそうであるので、グレイはそのことをよく知っていた。
グレイがさっと手を上から下へと振ると、水のベールが崩れて青い炎を飲み込み消していく。術者が死んでも残る炎だったと考えれば、やはり腕は良かったのだろうとわかる。
魔法と言うのは使用者の性格に影響されるものだ。
相当ねちっこくて面倒くさい魔法使いだったのだろう。
グレイはつかつかと歩いていき、首の折れた魔法使いの顔をじっくりと見て呟く。
「……誰じゃこいつ」
男の年齢はグレイと変わらぬ程度。
かつては大物貴族の腰ぎんちゃくの一人として、学園で名をはせていた男であった。ある事件をきっかけに、トカゲのしっぽを切るようにすべての罪を擦り付けられ、貴族社会から姿を消すことになったのだけれど。
ただ哀れなことに、グレイはかつて学園にいたいじめっ子の顔など、露ほども覚えていないようであった。
ひっそりと街の路地裏で命を落としたことも、彼の本当の名前も、数年すればきっと誰も思い出さなくなることだろう。
悪党の末路なんてそんなものである。
さて、一方その頃王宮では、クルムの下にファンファが訪れていた。
少しお話がしたい、という名目であったが、何か因縁をつけに来たことは間違いない。
面倒くさいなぁと思っても、クルムには断るという選択肢はない。
クルムはため息をつきながらゆっくりと着替えをして、のろのろと部屋に香を焚き、お茶を入れるのにちょうどいいくらいのお湯を沸かして、完璧な準備を整えてからファンファを部屋へと迎え入れた。
その間に帰ってくれないかなと思っていたのだけれど、ファンファは図々しくも、いつもの冒険者まで引き連れたままクルムの部屋まで入ってくる。
完全に舐められきっていた。
「忙しいのはわかりますが、待たせすぎではありません……こと……」
ファンファはクルムの後ろに立っているウェスカを見ると、目を見開いて絶句する。
その時点でクルムは、交渉の有利を悟った。
ファンファはウェスカを襲ったことに間違いなく一枚かんでいる。
そして、未だにウェスカが無事に救出されたことを知らなかったようであると。




