二人でお出かけ
今日の訓練は休みとし、グレイはビアットを連れて街へと繰り出す。
ビアットの荷物を回収して戻るのが目的であるため、そう時間をかけずに王宮へ戻ることができるはずだ。
パクスから預けられた災禍の指輪について、正直なところグレイはその効果を疑っている。
パクスは現実主義者だ。
現実的に理想を語る男であるからこそ、あそこまで上り詰めることができた。
そんなパクスが本気で災禍の指輪の効果を信じて身につけているとは思えなかったのだ。
少なくとも呪い谷で育ったグレイは、あんなちっぽけな指輪から発生する呪いなど信じていない。呪いと言うのはもっと具体的な魔法攻撃のことであると、グレイは認識していた。
例えば呪い谷に住む不死竜は、身体を腐食させるブレスを吐いてくるし、谷の奥深くにある墳墓にいるとされるリッチは、遺体を動かし操る魔法を使う。
逆に言えば呪いと言うのはこういう分かりやすいものでしかないのだ。
漠然となんらかの不幸な目に遭うとかそういうのは気の持ちようでしかない。
そんな魔法を開発するほどの腕があるのならば、直接魔法をぶち込んで怪我をさせたり、足を引っかけに行った方が手っ取り早い。
世の中には直接攻撃できないからこそ、呪いの品と言ったものが必要になるのだが、少なくともグレイの人生においてはそんなものとは一切縁がなかった。
それはともかく、災禍の指輪なんてものの呪いは嘘っぱちだというのが、グレイの結論である。
ならばそれを前提として、パクスが何がしたかったのかを考える。
簡単だ。
クルムの実力を試すことである。
おそらくウェスカが襲われた一件には、多少なりともパクスも噛んでいるのではないかとグレイは想像している。
パクスは平気でそういうことができる男だ。
グレイはそのことをクルムには伝えていない。
グレイが外へ出ている間に、的確に王宮にちょっかいを出すほどの力があるとするならば、パクスを味方につけることはクルムの今後に役立つことだろう。
その試しに合格するかどうかは、本人の力量次第である。
下駄を履かせてやって合格したところで、いつかどこかで見捨てられるので意味はない。
大事なのは、今のクルムが支援するに値する人物であると判断させることだ。
一応出発前に『いない間は大人しくしているように』というニュアンスのことは伝えてきているが、どうなるかは出たとこ勝負であった。
顔を隠して無言でついてくる巨大な老人というのは不気味だ。
ビアットはただでさえ一度グレイから暴力を受けていたため、内心ひやひやしながら前を歩いていた。
昨晩は素敵な未来を思い描いて不気味な笑いを漏らしてみたものの、よく考えれば後ろにいる老人の得体の知れなさといったらない。
たった一人で裏社会に住む集団を難なく殲滅。
暴力を振るう姿は慣れたもので、ためらいの一つも見せなかった。
王女様相手にもずっと偉そうにしてるし、今の時点での関係性は、脅す者と脅された者でしかない。
「あのぅ……」
「なんじゃ」
「先生はその、クルム様に仕えて長いのでしょうか?」
「いんや、最近のことじゃな」
「やたらとお強いですが、何かされていたのでしょうか?」
「冒険者をしばらく」
「はぁ、それで」
王都の付近は騎士や兵士が治安を守っていることが多いので、冒険者の数はあまり多くない。むしろ大きな地方都市や、特別な資源のある森や洞窟の近くが主な活動場所だ。
王都なんかにいる冒険者と言うのは、何か名誉があって招聘された者か、都会者気取りのお上りさんくらいであった。
元冒険者で商売のために王都へ、なんて輩もたまにいるが、大抵は海千山千の商人にしてやられて、護衛の一人に成り下がったりしている。
「そんなことよりお主、この辺りに知り合いは多いのか?」
「いえ、たまたま宿とってただけですね」
「ほう」
「何か気になるものでもありましたか?」
「いいや」
グレイは顎を撫でながら黙ってビアットの後についていく。
何やら見られているような、後をつけられているような気配が増えていっているのを感じるのだが、どうもそれがいかにも素人臭い。
試しに振り返ってみると、慌てて数人が隠れたのが見て取れた。
「あ、宿はここです。ちょっとだけ待っててください、すぐ戻ってきますんで」
「ふむ、ついていってやっても良いが?」
「いやいや、中が狭いんでここで待っててください」
ビアットは気まずい二人でのお出かけをさっさと終わらせるべく、ようやく辿り着いた宿へ急いで飛び込み、荷物を引き上げる。そのまま外へ出ようとしたところで宿の主人に延長料金を請求されて、泣く泣く支払いを済ませた。
心の中で王女様からお給金が出ればこれくらいはしたがね、と自分に言い聞かせながらである。
ここで揉めて時間をかけ、グレイを待たせることの方が余程怖い。
肩を落として外へ出ようとしたその時。
「喋るな、動くな、刺すぞ」
背中に鋭いものを突き付けられて、ビアットは足を止めることになった。
すぐに首に腕が巻き付き、そのまま喉元にナイフが突き立てられる。
「歩け」
ビアットは猛烈に後悔していた。
やっぱりあの怖い化け爺さんに、中までついてきてもらえばよかったなと。




