忠告
「先日の決闘は殺し合いでなかったにもかかわらず、スカベラはあなたを殺そうと攻撃をしていた。こちらの管理不行き届きを謝罪する。申し訳ないことをした」
「ほう、謝罪に来たと。代わりになんぞ要求しても良いということじゃろうか?」
王族の癖にどこの誰とも知らない老人に頭を下げるとは、なかなか変わり者だ。
グレイは顎鬚をなでながら少し首をかしげてハップスの顔を覗き込むようにしながら尋ねる。
「……騎士団の伝手をたどったところ、グレイというある男に関する情報が手に入った。俺はこれに関する一切を黙秘することにする」
「それは儂のためではなく、こっちの王女のためじゃな。謝罪相手は儂ではなかったのか?」
「知れ渡ればあなたにも敵が増えることになる」
「ふむ……脅しか」
グレイはテーブルに肘をつき、指を組んでその上に顎をのせ、にっこりと笑う。
目だけは笑っていない。
「お主もしや……、王位継承者争いを無茶苦茶にしたいのか? それじゃったら存分に知らしめれば良い。儂も大人しくするのはやめて、再び王宮に血の雨を降らせてやろう」
「お兄様、止めてください、お願いします」
慌てたのはクルムの方だ。
クルムが知っているグレイという人物は、おそらくやると言ったら本当にやる。
もしも道半ばでグレイが倒れることがあろうとも、その時はクルム自身が罰せられることだろう。逆に最後までグレイの目的が完遂された日には、王宮の政治的機構は全て無茶苦茶になって再起不能になっているに違いない。
ハップスは驚いた。
あの慎重なクルムが教育係に迎えて、先生と慕っている相手なのだから、クルムのことをきちんと支持していると思ってばかりいたのだ。クルムの迷惑になることは流石にしないだろうと。
しかしよく考えてみれば、グレイがずっと怪しいローブを纏ったままであるのを、クルムが改善しようとしないはずがないのだ。それでも格好がそのままであるということは、すなわちグレイの制御が利かない状態であるサインであった。
普通教育係というのは、王位継承者候補をなんとかして王位につかせたいものなのだ。それぞれ野心や目的があるのが当然のことだ。
しかし目の前にいるグレイはどうだ。
平気でクルムにとって、いや、国にとって不利益であることをすると言いだした。
しかもそこには単なる脅しではない凄みがある。
かつて騎士だった老人にハップスが聞いた話は、とんでもないものだった。
昔の話を多少盛っているのだろうとばかりに考えていたのだが、この調子では本当に話通りの人物である可能性がある。
もしかしてクルムは、本当にとんでもない人物を王宮に招き入れたのではないのか。そうだとすれば、このまま見過ごしていいのか。
「先生も、止めてください」
ハップスがそんなことを考えていると、クルムが平手でグレイの背中を叩いた。
妙に気安い感じで、グレイも叩かれたからと言って怒るわけでもなし、気にするわけでもなし、じっとハップスのことを見つめたままだ。
「お兄様!」
「…………重ね重ね失礼した。先ほどの話は撤回する。代わりに俺にできる範囲であなたの願いをかなえるというのでどうだろうか。あまり無茶を言われても困るが」
ハップスが多少なりとも砕けた態度をとるクルムを見るのは随分と久しぶりだった。遠目から下の兄と戯れているところを数度見たくらいで、一人になってからは常に緊張の糸をぴんと張っているような状態だった。
複雑な気持ちだった。
肩の荷が下りたような、役割を奪われたような。
「ふむ、なんでもとは豪気じゃな」
「何でもとは言っていないが」
グレイはいい条件を引き出せたことにご満悦だ。
さらりとハップスの言葉を無視した。
無茶な物言いは、舐められないための牽制だ。当時の騎士に話を聞いたのならば、グレイがかつて何をしたのかをある程度詳細に知っているはずだ。だからこそ、そこから先には踏み込んでこれないことも分かっての嫌がらせである。
もちろん、無謀にも踏み込んでくるのならば本当に暴れる気はあったけれど。
クルムは小さくため息をついてほっとして、ハップスはそれを見てまた複雑な気持ちになるが、ぐっと唇を結ぶことで表情には出さない。
「お兄様、他に何かありますか?」
「……ああ、ある。スカベラが逃げ出した。逆恨みをしている可能性があるので注意した方がいいだろう」
「逃げる……とは?」
スカベラはあんなでも騎士団に所属している若手のホープであった。
クルムからすれば寝耳に水の話である。
「決闘でのあり方と、これまでの所業を鑑みて、スカベラを一時的に投獄していた。その間に余罪を調べていたのだが、何者か……おそらくファンファの息がかかったものが手を貸し脱獄をした。指名手配をしているが今のところ見つかっていない」
「すぐに捕まりそうですか?」
「難しいだろうな。あれは王都の裏にも精通している」
クルムは思わず胸元に手を当てて、服で隠れている指輪の形を確認しながらハップスに尋ねる。
「……他にはもうありませんか?」
「……ないな。以上だ、失礼した」
一瞬考えたハップスであったが、すぐに否定をして立ち上がり、部屋を後にすべく回れ右してつかつかと歩いていく。
そうして部屋の扉に手をかけてから、振り返りもせずにグレイに尋ねた。
「グレイ先生は、もし王宮で暴れることになったとしたら、クルムのことは守るのだろうか?」
「なんじゃ、藪から棒に」
「答えてくれ」
いると空気が堅苦しくなる男だ。
そしてグレイの方は、なんとなくこの不器用な男の在り方を察している。
だから仕方なく、ため息をつきながら適当に返事をしてやった。
「王になれるかは知らんが、最悪命だけは守ってやろう」
「そうか」
ハップスは答えに満足したのか、扉を開けて立ち去っていく。
扉がゆっくりとしまったところで、クルムは不愉快そうに眉を顰めたまま言った。
「……なんでハップスお兄様が敵である私の命など気にするんでしょうね」
そんなもの、色眼鏡を取っ払って考えればわかりそうなものだが、クルムにはまだそれができないようだ。
いくら賢く優秀であっても、感情というのは難しいものである。
「答えてやったのに『そうか』とは失礼な奴じゃな」
だからグレイも、わざと当を得ない適当な返事をしてやるのであった。




