守れぬ約束
めくれどもめくれども、グレイの名前は一切出てこない。
分かったことといえば、アルムガルド家が長いこと王家に対して貢献を続けてきたという事実ばかりであった。
アルムガルド家の主な役割は、常日頃からの竜食山と、呪い谷の管理。それから個人の武力が必要となった際の人材派遣であった。
もともとは貧しく厳しい領土で暮らすしがない一族であったのを、王家が騎士爵を与えてから、代々忠実に貢献を続けてきた。
数代前にあった魔物の大氾濫で、領民の多くを犠牲にしながらもその侵攻を領内でとどめたことをきっかけに、辺境伯の地位を授けられている。その際にも国は多大なる復興支援を行い、アルムガルド家に報いている。
基本的には良好な関係であったはずだ。
それをめちゃくちゃにしたのは、ほぼ間違いなくグレイだろう。
今の王国は、アルムガルド家の領土を完全に放棄して、魔物が溢れてこないようにいくつかの砦を築いて監視を続けている。
これには莫大な資金が投入されており、アルムガルド家がなくなったことによる弊害は大変なものであることが分かる。
そんなアルムガルド家がなくなったという大事件が、公的な資料にほとんど記載されていない。ただ、アルムガルド家で争いがあり、後継者がいなくなったために取り潰しになったと書かれているだけだ。
前後の記録を探ってもうひとつわかったことは、王家がはじめのうちは、アルムガルド領を治めようと幾人かの貴族を派遣していたということだ。
いずれも失敗して命を落としたり、這う這うの体で王都へ逃げ帰ってきたりしたようであったけれど。
大した収穫もないまま、クルムは本をすべてもとあった場所へ戻し、書庫を後にする。どうせ大した情報は得られないとわかっていた。記憶が正しかったことが証明できただけ収穫であった。
書庫を出て自室へ戻ろうとすると、角を曲がった先にハップスが待っているのが見えた。この間の因縁があるとしても、あまりにしつこい。
無視して通り過ぎようとすると、行く先を阻まれてしまった。
書庫のあたりは人通りが少ないとはいえど、ハップスと手を組んでいるなどと思われては面倒だ。
「ごきげんよう、ハップスお兄様。道を空けてくださいませんか?」
正直に要望を述べると、ハップスは腕を組んでクルムを見下ろす。
「お前、あれが何者か知っているのか?」
「何のことですか?」
「あのグレイという男のことだ」
「お名前、調べたのですね」
「当然だろう」
いつまでも伏せておくことができないことはわかっていた。
書庫を探るという行動からして、グレイが何者であるかもハップスは知っているのだろう。
グレイも特徴的な老人であるから、知っている者の一人や二人王宮にいたっておかしくはない。
「事情は知らんがあの男はかつて、実の父と兄、それに王族を一人殺している」
それらしいことはもうグレイから聞いている。
驚くべきことではない。
「……であれば、私にどうしろと?」
「今からでも遅くはない。あれを教育係から外し、俺の陣営に加われ」
「決闘に敗れたので何も言わないお約束では?」
「……お前のために言っているっ!」
声を荒げたハップスに対して、かっと頭に血が上ったクルムであったが、すぐに冷静になって微笑んだ。
「そういえば、前の約束も結局守られずじまいでしたね。あの頃の幼い私はハップスお兄様を信じて、どうかお兄様を守ってくださいと何度もお願いしたものでしたね。ハップスお兄様はいつも真面目な顔で頷いてくださいました。きっとそうしてくださるのだろうと、愚かな私は信じておりました」
「あれは……!」
言い訳は聞きたくなかった。
「お兄様。今更何を話されても、もうそれを信じられるほど子供ではありません」
ハップスが言葉を飲み込んで、眉間にしわを寄せる。
クルムの上の兄が死んだ場には、騎士たちと親交の深い王子が数人一緒にいた。
ハップスは上の兄が死んで数年のうちに、他の王子たちを始末して、騎士たちを自分の勢力に完全に取り込んだ。
得したのは誰か。
ハップス一人だ。
「そんなことよりも、ハップスお兄様はまた約束を破るのですか?」
「…………とにかく、信じるな。親兄弟を殺すような奴、何を企んでいるかわからんぞ」
クルムの兄を、血が半分繋がっている王子を何人も殺したハップスから言われても、何ら説得力はなかった。
クルムは顔に笑みを張り付けたまま答える。
「そうですね。親兄弟を殺すような人は、怖くてなかなか信じられません。グレイ先生は今のところまだ、約束を破ったことはありませんけれど」
当てつけのように言ってから、クルムは『いや、どうかな』と内心で自分の言葉を疑った。
いつ破るかわからない。
というか、すでに破っているかもしれないけれど。
無茶苦茶なだけで、態度はわかりやすいし、一応噓らしい嘘はついていないような気がする。
グレイの無茶苦茶を思い出したら、なぜだかすっと心が軽くなったクルムは言い争いが馬鹿らしくなってため息をついた。
「とにかく御忠告はありがたく受け取りますので、道を空けていただけませんか?」
ハップスが壁に寄ったのを確認して、クルムは横を通り抜ける。
こんなに長くハップスと話したのも久しぶりだった。
ひどく嫌な気分である。
クルムはこれ以上面倒な兄や姉に遭うことのないよう、急ぎ足で自室へと向かうのであった。




