魔法教え〼
気を取り直したクルムは、またため息を吐く。
「ため息ばかりついていると幸せが逃げていくぞい」
「誰のせいですか」
「王族のせいじゃろうな」
根っこをたどればそうかもしれないが、犯人はもっと身近にいる。
例えば目の前とかに。
言い争うだけ馬鹿らしいのでクルムはグレイをじっとりとみるだけにとどめて続きを話す。
「なんにしてもしばらくの間は様子を見る必要があります。ハップスお兄様がどのように動くのか。その結果他の勢力が私たちに対してどんな手を打ってくるのかを見極めます」
「どのくらいの期間じゃ」
「そうですね……三日……、いえ、一週間にしましょう」
ハップスが動き、それに連動して他勢力も手を打つのであれば早ければ今日中、遅くとも数日中には変化がみられることだろう。より長い時間を設けたのは、これ以上グレイのやらかしを増やさないための観察期間である。
正直言って、今のクルムにとって雑多な他勢力よりもグレイの方が厄介な存在になっていた。もちろん、強力な駒であることには違いないけれど。
「その間何をする?」
「魔法と戦う術を教えてください」
「構わんが……お主も王女なら専門の師がおるのではないのか? そういえば、学園にも通っていないようじゃな。さぼりはよくないのう」
クルムは年に似合わぬ冷ややかな笑みを浮かべる。
「王族の師は、母方の伝手でつけるものです」
「ふむ、そうか」
それでも母親が生きていた頃には師もいた。
学ぶ下地はそこで手に入れ、あとは王宮にある蔵書を読み漁ることで勝手に育ったのがクルムである。
「学園にも、一時は下の兄と共に通っていましたとも、ええ。しかし仲良くしてくださる方もいなければ学ぶべきこともないので、もう行くのはやめました。あなたも元貴族ならご存じでしょう?」
学園は本来、将来に備えた貴族子息子女同士の交流場だ。
どこどこ家は味方だとか、誰には逆らうなとか、こいつに媚びを売れとか、そんな情報を親から吹き込まれて子供たちはやってくる。
そして力のある貴族のほぼすべてが、クルムには関わるなとお達しを出している。
何の後ろ盾もない、いつか吸収されるか死ぬだけの王女なんて、構っても他の勢力に睨まれるだけなのだから当たり前のことだった。
話しかけてはならない。
目を合わせてはならない。
まるで空気であるかのように扱われる空間。
どんなに愛想よくしようが親切にしようがそれは一緒だ。
たとえうまくいったとしても、数日中には親に折檻されて傷ついた子供に無視をされるようになるだけである。
クルムと下の兄は、数カ月で学園に通う無駄を悟った。
戦うべき場所は、親の言いなりになる子供のいる場所ではなく、その親自身がいる場所であると定めたのである。
「なるほどのう。そういえば、そんなじゃったな」
遠い昔の記憶をたどる。
アルムガルド家は辺境の家柄である。
貴族からも血にまみれた蛮族であると揶揄されていた。
グレイは嫡男ではなかった。
家族仲も良好ではなかった。
グレイしか知らないグレイの特殊な生まれがそうしたのかもしれない。
あるいは、『強ければ良し』というアルムガルド家の気風を、兄以上に体現してしまったこともよくなかったのかもしれない。
なんにせよ、グレイはうまくやれなかった。
『好きにしろ』と父から言われ、半ば追い出されるようにして通った学園で、グレイは貴族の事情なんて知らずに、父の言葉通り好き勝手に生きた。
半ばヤケクソであったのかもしれない。
そして失敗した。
だから失敗した。
失敗して、糞みたいな王族と争って親を殺した上、捨て台詞を吐いて国から去ることになった。
グレイの話はともかくとして、クルムに現在師がいない理由はわかった。
街では子供たちに勉学や生きる術を教えていたグレイである。
教えろと言われれば、できないことの方が少ない。
「ま、良かろう。お主は弱っちいから、自己防衛のための魔法の一つや二つ、教えておいてやろうかのう」
「…………お願いします、先生」
なぜいちいち癪に障る言い方をするのか。
事件があった時に、なぜ国はこの爺さんをちゃんと死刑にしなかったのか真面目に考察するクルムであった。
とにかく、一つ心に決めたことは、魔法を覚えた時の最初の実験体はグレイにしようということである。どうせ食らいやしないのだろう、というところまでセットの思考であったけれど。
早速指導を始めようと立ち上がったグレイは、同じく立ち上がったクルムのことをよーく観察してから首をかしげる。それから今度はしゃがんでクルムと目を合わせながらさらに観察し、ぽつりと尋ねた。
「……ナイフを使った時点でもしやと思っておったが、まさかお主、魔法使えぬのか?」
「……はい。今からでも使えるようにはならないでしょうか?」
魔法を習うような年齢になる前に母が他界してしまったのだから仕方がない。
魔法は十歳になるまでに師につき、使えるようにしておくのが普通だ。
大人になってから改めて習うことは難しい。
本当に才能がある者は、自己流で開花するものだが、どうやらクルムにはその才能がなかったようである。
この年まで使えなかったのならば諦めるべき、というのが一般的な考え方だ。
しかし魔法が使えれば、もし武器のない状態であっても抗うことができる。
難しいとわかっていても、何とかして習得しておきたかったのだ。
グレイのことだから『お前には才能がないから使えんよべろべろばー』くらいのことを言ってくるのではないかと、覚悟をして返事をしたクルムである。
「ふむ。はじめは少々苦しいぞ」
グレイからかけられた言葉は意外なものだった。
「……使えるようになるのですか?」
「なんじゃその言い草は」
「使えるようになるんですね!?」
「当たり前じゃろ。儂を誰じゃと思っておる」
たいていの人間からすれば誰なんだよという話であるが、グレイには自身が魔法の達人であるという自負があった。
疑われるのは心外である。
実際は疑っているというよりも、クルムが望外の喜びを信じられないでいるだけなのだが。
「嫌ならやらん」
「やって下さい」
「苦しいけどいいんじゃな」
「もちろんです」
「ゆっくりやった方が良いが、そうなるとひと月ほど時間が……」
「今すぐ、できるだけ早くお願いします」
食い気味にクルムが返事をすると、グレイはもう一度その青空色の瞳でクルムの目を覗き込んでから立ち上がった。
そしておもむろにクルムの頭に手のひらをのせて言った。
「じゃあ、ほい」
厳かさも気合もあったものではない掛け声であった。
一割くらいはまだ『嘘だよーん、騙されよったな』とグレイが言いだすのではないかと疑っていたクルムは、その割合をさらに引き上げる。
そんなクルムを急激な異変が襲った。
体から何かがあふれ出す感触。
息をすべて吐き出してしまったときのような苦しさ。
思わず体を折り曲げたくなったが、頭を手のひらで握られていることで強制的に立位を保たれ、苦しさを逃がすこともできない。
吐き出すばかりの呼吸が続き、やがて目の前がちかちかと明滅。
頭の中では『死ぬ、今死ぬ』と繰り返すだけで他のことが考えられなくなり、身体を自由にコントロールする機能が失われていく。
そしてそれは急に終わりを告げた。
生きることだけを目的とした体が、勝手に大きく息を吸い込んだ。
どこか他人事のように聞こえる荒い呼吸音が、クルムに思考と体の感覚を取り戻させていく。
全身の力が抜けて、その場にゆっくりと体が崩れ落ちた。
今度はグレイもそれを止めたりせず、ゆっくりと腕を下げていき、地面に寝かせてやった。
「ほれ、使えるようになったじゃろ」
「こ……」
「こ? なんじゃ?」
「こ……、ちゃ…………」
こんなに苦しいならもっとちゃんと注意をしろ、と言おうとしたが声も出ない。その後に頭に浮かんだ、とても王女様が口にしてはならないような罵詈雑言も当然言葉にはならなかった。
「紅茶? 紅茶が飲みたい?」
年寄りのしょうもないリスニング能力にも怒りながら、そのままクルムの意識はブラックアウト。
流石に王女を床に寝かしておくのはまずいかと、珍しく良識を発揮したグレイは、クルムをつまみ上げてベッドへ運んでやった。
そうして目を覚ますまでのんびり過ごそうと、勝手にクルムの部屋の引き出しを漁って茶菓子を取り出すのであった。
仲良死(師)




