よく働く男ウェスカ
クルムは私室に戻ると「座って下さい」と端的に指示を出して、椅子に腰かけてグレイの着席を待った。ピリピリした雰囲気だけは伝わってきており、ウェスカはピンと背筋を伸ばしてクルムの右後ろに待機している。
グレイはというと、ピリピリとした雰囲気を感じ取っているからこそ、ふらっとテーブルセットを通り過ぎて勝手にポットと茶葉を取り出し始める。
「話があるので座っていただけませんか?」
「話なら茶の準備をしながらでも聞けるからのう。まぁ、待っておれ。この茶の香りは心の乱れにもよく効くと評判でな」
相手のペースに乗ってはいけないと、クルムは心を平常に保つためにグレイの行動から目を逸らした。そうして指を組んで静かにグレイが着席するのを待つ。
「クルム様、失礼します。少しだけ俺がグレイ様とお話ししても」
クルムがいる時は静かにしていることの多かったウェスカが、珍しく片手をあげて許可を取る。
「構いません」
「良いぞ」
両方から許可を得て、ウェスカはグレイの背中へ話しかける。
「この度は命懸けの戦いとなってしまいました。結果グレイ様が勝利されたのでお伝えしませんでしたが、、クルム様は戦いが始まる直前、私に一つ命令を下しました」
「ふむ、どんな命令じゃ」
「ウェスカ、止めなさい」
クルムは目をつぶったまま命令を下したが、ウェスカは静かに首を振って命令を拒否する。
「いえ、お話しさせていただきます」
「ウェスカ!?」
ウェスカがクルムの命に逆らうなんて、下の兄が亡くなって以来一度もなかったことだ。当時は兄からの命令で、無茶をするクルムを止めたこともあったが、二人きりになってからは、本当に忠実に働く部下であった。
「クルム様は、グレイ様が命を落としそうになれば、私に支援をするようにと命令していました。ですからそう意地悪をなさらず、クルム様と向き合ってお話をしていただけないでしょうか」
ウェスカはピリピリとした妙な雰囲気を勘違いしていた。
今回の決闘に関して二人の間で何らかの不和があり、それが悪い方に作用したと考えたのだ。勝利したもののグレイには不満があり、クルムはそれをどうにか解消しようとぴりついている。
だからこそグレイは着席を促されても座らないし、クルムはそれに対して強く出られない。
ウェスカから見ても、グレイは絶対に失ってはいけない駒だ。
ようやく見つけ出した大物であるし、人格面は素晴らしい。
戦い方は噂とは少しばかりずれているけれど、それも良い方向へのずれであるからして問題はない。
例えば倒れているスカベラの顔を踏みつけた件は、一般人から見ればとんでもない所業だが、冒険者からしてみれば当然の処置であるから、その辺りは一切評価をマイナスするポイントにはならないのである。
だからこそ、僅かな不和でも存在するのであれば、早めに解消しておく必要があった。
クルムの言うことは大抵正しいのだが、この話ばかりはクルムの口から言うよりも、自分の口から伝えたほうが良い印象を与えられるだろうと判断したウェスカである。
「別に意地悪をするつもりはないんじゃがのう」
ことり、とクルムの前に茶を置き、空いた席にウェスカ用に一つおいた。
そうして自分の分も準備をすると、ようやく「こらしょ」と声をかけて、クルムの正面に腰かける。
「それにしてもいい付き人じゃな」
グレイはにんまりと笑う。
人が見れば穏やかそうに見えるかもしれないが、本性を知っているクルムから見れば煽りにしか見えない。
グレイは気づいたのだ。
クルムが、ウェスカに対して自分の激しい気性を完全には明かしていないと。
つまり、昨日のように腹を立ててテーブルを殴ったり、ナイフを投げたりするところを見せるわけにはいかないのだろうと。
「グレイ様にそう言っていただけるとは光栄です」
たった一人でクルムの身の回りの全てをこなすウェスカは、こういうところがちょっとだけポンコツだ。忙しすぎるのもそれに拍車をかけているようであるが、それにしたって貴族と腹の探り合いをするには少々心もとない。
「どうじゃ、お主も茶を一杯」
「ありがとうございます。しかし私はそろそろここを出ねばなりませんので」
時間はまだまだ朝食の頃にもなっていない。
けれどウェスカには、朝一番から様々な仕事があった。
例えばクルムの食事に毒が混ざらないように見張ったり、毒味をしたりもそうであるし、細かな事務手続きだってそうだ。
この手続きなんかも、できるだけ早い時間に済ませてしまいたいのだ。
忙しい時間になると、平気で他勢力の者に割り込まれてしまい、一つ申請を済ませるのに数時間待たされたりする。
グレイを探していた分、後回しにしていい仕事も随分と溜まっており、のんびり座っている時間なんてないのだ。
「では俺はこれで。クルム様をどうかよろしくお願いいたします」
部下にしては随分と心のこもった挨拶をして、ウェスカは早足で部屋を出ていった。
扉が合わさって密閉されると、グレイはもう一度同じことを言う。
「いい付き人じゃな」
さっきのは本性を出せないクルムに対しての煽りであったが、今回は素直な感想だ。だからクルムも素直にそれを受け取って答える。
「そうですよ。だから私も良い主でいたいのです」
「ならば隠し事はせん方がいいのう」
「それはそれです」
開き直ったクルムは、茶を一口飲んでから、カップを静かにソーサーに置いてグレイと正面から見つめ合う。
「強かったですね」
「そうじゃろう」
「もうちょっと手加減して、いい勝負にもできましたよね?」
「そうじゃな。しかし殺すなとは言われども、そうしろと言われた記憶はないのう」
「でも私がそうして欲しいであろうことは分かりましたよね? あなたなら絶対に」
グレイであれば自分の意志を汲んだ上、どうしてほしいか理解していただろう、とクルムは言っているのだ。ある意味相当上位の信頼である。
信頼をしてしまったからこそ、分かっててやらなかったグレイに腹が立つ。
お門違いな怒りであった。
それをクルム自身も理解している。
それでもなおぶつけてしまうのは、グレイに対してある程度心を開いている証拠であるとまでは、まだ認めることはできていないけれど。
「そしたらお主、儂の強さを認めなかったじゃろうに」
クルムはむすっとした表情で沈黙し、グレイの言葉を肯定するしかなかった。




