意図と存在感
久しぶりの戦闘に、グレイの心は少しばかり気持ちが高ぶっていた。
冒険者時代はこっそりと一人で出かけて、鍛えに鍛えたものだった。
王都へ移住してからも時折遠征はしていた。
腕がなまらぬようにそこらの街道に出る魔物や魔物とさして変わりない人間を始末して回る程度だが。
やや腕の振りが甘かったせいか、脅しで投げた最初の魔法が、思ったように曲がり切らず直撃しそうになってしまったのは危なかった。
直撃したら死んでいたであろう。
しかし偉そうに戦いを挑んできて、あの程度の攻撃に直撃して死んだら、それはそれでお笑いだとグレイは考えている。
両手を自由にしてやったというのに、受け身すらまともにとれなかった足下の若者を見ながら、グレイはふんっと鼻を鳴らした。
実は、最初の二つの魔法以外にグレイが投げていた炎魔法は、当たってもやけどする程度のものでしかない。
最初の爆発を見たせいで、スカベラからはさぞかし恐ろしい攻撃に見えていただろうが、横を通過した辺りで燃え尽きて消えていた。
周りから見ればそんなものは一目瞭然であったことだろう。
もちろんばれぬようにちょっとした工夫をした。
きちんと殺意だけを振りまいて、スカベラ自体には威力がばれぬように仕向けて、大げさに避けることを強いた。
それを見破るようならばちょっとした強者。
そうでなければ全力で避けるだろうから、スカベラのおおよその能力を知ることができる。
結果、スカベラは作戦を見破れなかった。
二流の剣士である。
スカベラは見事にグレイの作戦にはまる形で接近まで誘導され、予定通りに倒されることになったのだ。
グレイから見ればスカベラの総合能力は中の下程度だ。
能力だけは高くても、殺し合い経験が圧倒的に足りない。
どうせまともに殺し合いをしたことがないのだろうと悟ったグレイは、戦闘中にもかかわらずへそで茶を沸かしそうになった。
返事がないなか、スカベラがうめき声をあげた。
随分と早い意識の戻りに、グレイは『おっ』と評価を改めた。
受け身は取れなかったが、瞬間的に身体強化を働かせて、衝撃を緩和させたようである。
これだけ早く復活できるのならば、上の下の下くらいの評価はやってもいい。
そう思いつつ、足を上げてその顔面に向けて軽く振り下ろして再び意識を刈り取った。
歯が数本折れた気がするが、そんなことはグレイの知ったことではない。
グレイだって痛めつけようとしたわけではない。
ただ、スカベラが剣を再び握る動きを見せたので、攻撃動作に移る前に仕留めただけだ。
グレイから言わせれば、さっさと勝敗を宣言しない副団長が悪いのである。
「勝負あった! お前の勝ちだ!」
このままではスカベラが殺されるのではないかと懸念した副団長が、慌てて勝敗の宣言をする。
グレイは顔に乗せたままの足をどけて、ざりざりと靴の底を地面にこすりつけた。
副団長がスカベラの元へ駆け寄り、ハップスが呆然とし、ウェスカがぽかんと口を開ける。
そんな収拾のつかない空気の中、いち早く立ち直ったのはクルムであった。
「お兄様。これで問題ございませんか?」
驚愕の目でグレイを見つめていたハップスは、ゆっくりと妹の方へと目線を移す。
覚悟の決まった顔で自分を見つめるクルムを見て、ハップスはすぐには言葉を選べなかった。
「先生は私の教育係を継続。私の身が危うくなるようなことがあれば、一度だけハップスお兄様が助けてくださる。これでよろしいですね?」
「…………クルム。そいつはなんだ」
そいつとはすなわちグレイのことである。
ハップスはスカベラの実力を認めている。
人格的には問題があるが、その腕は自分とさして変わらないと考えていた。
今回スカベラを対戦相手として抜擢したのは悪行の一つをはっきりとさせて、騎士から追放する予定であったからだ。
本来は余罪が山ほどあることがわかっていたのだが、その証拠が見当たらない。
追放だけでは生ぬるいと考えていた副団長と、決闘に確実に勝利できる駒が欲しいハップスの目的が一致した。
カッとなりやすいスカベラであれば、決闘で少しでも腹の立つことがあれば、はずみでグレイを殺してくれるだろうと二人は考えていたのだ。
ハップスにとってグレイは邪魔な存在だ。
負けて死んでくれれば、スカベラにさらに罪をかぶせることができて両得である。
クルムは頼みの綱を一つ失い、王位継承争いからは撤退を余儀なくされることになる。そしてスカベラについては、決闘を汚したとして投獄し、その間に罪の証拠を探ることができる。
それがどうしたことか。
離れていても感じる威圧感。
フードの隙間から覗いた顔は確かに老人であるはずなのに、何か得体のしれない化け物を前にしてしまったような緊張感。
身の振り方を間違えれば、即座に命を取られそうなひりひりとした感覚。
これはハップスが真剣に剣士として自分を鍛えてきたがゆえに受け取れた感覚であった。
ハップスですらそうなのであるから、副団長は言わずもがなである。
スカベラの様子を見ようとやってきたはいいものの、グレイを前にしてしゃがみこむなどという隙を見せる気にはさらさらなれず、ただ警戒をしながらその場に立ち尽くすことになってしまう。
「先生は私の教育係です。この身を守るために市井よりお招きいたしました。先生、帰りましょう」
「ふむ……」
グレイは顎鬚をなでながら、しばし副団長と見つめ合ってからくるりと振り返って背中を向けた。
「そうじゃな」
大股で歩く姿はしゃっきりとしており、とても老人のそれとは思えない。
最初に背中を曲げていたのもブラフであったのかと、威圧感がなくなってようやく気付いた副団長である。
そして副団長が隙を晒せず警戒していたというのに、グレイはあっさりと背中を向けて立ち去ろうとしている。
副団長はぎりっと奥歯を噛みしめた。
これが示すことはすなわち『お前など眼中にはない』あるいは『いつでもかかってこい』である。
グレイはクルムを先頭にして、訓練場を後にした。
未だ人気の少ない王宮であるが、三人は部屋に戻るまで、ただの一言も喋らなかった。




