やべぇやつ
青年はじっとクルムのことを見つめて、大きくため息をついてから口を開いた。
「兄同様に死にたいのか? なぜ黙って大人しくしていられない」
青年の言葉を聞いてグレイはクルムの顔を見る。
その表情には笑みが張り付いていた。
目元まで穏やかそうにしっかりと笑っているのに、唇が一瞬動いてから一度閉じる。一度ごくりと喉に唾が通ってから、クルムは今度こそ言葉を吐き出した。
「間もなく私も十三になります。自分の身くらいは自分で守らねばと努力したと捉えていただけないでしょうか」
「教育係をつけることで、却って他の者から注目を集めるとわからないのか? それもそのように悪目立ちするばかりの老人を連れて。この老人がお前のことを守ってくれるのか? こんなみすぼらしい格好をしているのだ。金で裏切るかもしれんぞ」
「私はグレイ先生を信じます」
思ったよりもはっきりと言い切ったことにグレイは驚いた。
昨日の夜はかなりつれない対応をした自覚があったので、少しくらい迷うものとばかり思っていたのだ。
王になりたいなんて馬鹿げたことを言う割に、こういうところで妙に思いきりが良く誠実であるから、クルムを完全に見捨てようという気にならない。
「難しい話はよう分からんけどのう。わざわざ家までやってきて頼まれたんじゃ。女子一人くらいしっかり守ってやるつもりじゃよ」
「先生……」
驚きの声を上げたのはクルムであった。
一瞬『なんじゃい』と拗ねかけたグレイであるが、啖呵を切った手前態度には出さない。
自分で信じると言った割に、そんな言葉が飛び出してくるとは思わなかったらしい。相手がどうあれ、信じたものを信じ抜くと決めているのだから、それはそれで偉いかと自分を納得させた。
ある意味人の欲望渦巻く魔窟にはそぐわぬ素直さで好感が持てる。
グレイは見栄を張る為ならば自分の機嫌を取るのも上手である。
若い時分ならばこうはいかなかったが、この辺りは年を経て手に入れた能力であった。
青年は深いため息をついて、今度はじろりとグレイのことを睨みつけた。
「能力に自信があるようだな」
「これだけ騎士がいるというのに、爺が守ってやらねばならんというのもおかしな話じゃなぁ」
暗にお前らが守ろうとしないからこんなことになってんだろうが、と伝えてやると、青年の目じりがひくついた。
挑発にはあまり強くないようだ。
精神面ではクルムの圧勝かもしれない。
当のクルムはグレイが唐突に嫌味たっぷりの発言をしたことに驚き、顔色を悪くしていたけれど。
これまで泰然としたところしか見せていなかっただけで、グレイの本性なんてこんなものである。
「わかった、試してやる」
「お兄様、おやめください。私は争いなどは……」
「黙れ、クルム。もし俺の方の騎士が勝てば、この教育係はすぐに首にして、俺の陣営に加われ。いいな」
一方的に条件を叩きつけると、そのまま去っていく青年。
断りの文句を入れようにも、みっともないのでとても追いすがることなんてできやしない。
自分勝手なやつじゃなぁ、と他人事のように思いながらグレイが背中を見送っていると、クルムが「申し訳ありません……」と蚊の鳴くような声で謝罪をした。
「なぜ謝るのじゃ」
黙ってクルムに任せればよいところを、ただちょっとむかつくなって理由でわざわざ挑発をしたのはグレイの方だ。
もし本気でクルムのことを支援する気でいたらあんなことは言っていない。
だから謝られると、悪いとも思っていなかったのに、急に罪悪感がむくむくと湧いてくる。
「話は部屋へ戻ってからにしましょう」
ここは王宮の出入り口。
確かに人に聞かれたくないような話をじっくりするような場所ではなかった。
ところ変わってクルムの部屋。
ウェスカは何やら用事があるらしく、外へ出かけている。
クルムの身の回りの細かなことのほぼすべてを一人で担っているため、なかなかに忙しく駆けずり回っているようであった。
「掛けてください」
言われるがままに椅子に腰かける。
昨日クルムが熱弁したのと同じ場所だ。
今日は打って変わってすっかり大人しくなってしまっているけれど。
何かを深く考えているようで、目は伏せられ、指を絡ませ合った両手は祈るようにぎゅっと力が込められている。
「……先生、明日、私はお兄様に謝罪をします。申し訳ありませんが、先生も共に謝罪をしていただきたいのです」
「なぜじゃろうか?」
素直に頷かないのがこの爺さんの面倒なところである。
悪くもないのに何を謝罪しなければいけないのか。
グレイを謝らせるために必要なのは、納得と謝罪するための理由である。
「ハップスお兄様は第五子で、馬と剣の扱いに長けており、若い騎士たちから信望を集めています。貴族的な根回しが得意な方ではありませんので、勢力的には大きくありませんが、直接ぶつかるのはぎりぎりまで避けたい相手でした。おそらく明日先生と相対するのは、若手の騎士の中の最有力者であるスカベラです。騎士団長ともいい勝負ができる、この国でもトップを争う剣士です」
「ふむ」
「才能のためか性格は非常に残虐。夜な夜な街へ繰り出して、人を試し切りしているとの噂まであります。ハップスお兄様ですら手を焼いているようですが、私たちを脅すには有効な札であることには違いありません。女であろうが子供であろうが、もちろん老人が相手であろうが加減をするような輩ではありません」
実は騎士を目指すこと自体は、そんなに難しくない。
犯罪者は応募できないのでグレイは無理だけれど、それをのぞけばどんなものでも志願することはできる。
まぁ、まず間違いなく早い段階で心と体をぼこぼこにへし折られて、辞めるか矯正されるかの二択なのだが。街には案外元騎士志願者なんて輩が溢れている。
もしスカベラが、噂になる程に人格に問題があるとするならば、間違いなく腕は確かなのだろう。しかもおそらく狡猾だ。
流石にあからさまに人格に問題があるものをそのまま騎士にするほど、王国の騎士の身分は甘くない。
厳しい訓練に耐え得るほど能力が高く、そこで矯正されぬほど心が歪んでいて、身分を得るまでそれを誤魔化すほど狡猾。
真剣に危険性を説明してもらっているにもかかわらず、グレイは『なかなかやばそうな奴もいるもんじゃな』とちょっとずれた感想を抱いていた。
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