涙
衝撃の事実を知り混乱するレオ。そんな彼の元にアイラがやってきて……
「レオさん、あの……」
遠慮がちには近寄るアイラを目の当たりにして、俺は自分が彼女にどれだけ心配をかけたのかに気づいた。
(アハハ、昔から周りが見えてないよな)
来る日も来る日もあざ笑われながらも諦めず、愚直にクエストをこなしていたあの頃と俺は何も変わってない。
(だが、反省は後だ。今はリカバリーを考えなきゃな)
こちとら恥をかくのは慣れている。勿論、それを繕うことにも。
「や、ごめんな。ちょっと頭が混乱してさ。一介の非常勤ギルド職員──じゃなかった。万年Fランク冒険者の俺にギルド長とか祭器とか言われてもついていけなくて」
そう言いながらも戯けてみせるが、アイラは固く唇を結んだままだ。
「私、許せないです!」
「え?」
振り絞るように発せられたアイラの言葉を聞き取ることは出来たのだが、意味が分からない。許せない……一体何を?
「本来レオさんが受け取るべきだったものを渡さなかったこともそうですが……何より嘘をついてレオさんを冷遇し続けたザガリーさんが許せないんです!」
バリィッ!
その瞬間、ガラスにヒビが入るような音がした。
(!?)
いや、違った。音だけでなく、虹色のヒビ割れのようなものがあちこちに生じてる。
“アイラ、落ち着いて! 力が暴走しかかってる!”
力? 暴走? つまり、意図したものではない……
(つまり、それだけ怒っているってことか!?)
アイラが俺のために怒ってる……怒ってくれてる……
「レオさんは何も悪くないのに、酷い待遇で働かされて……しかも一人で、誰も助けてくれなくて……」
パリパリパリ……
何かが決壊する予兆のように割れ目が更に広がっていく。
「本当に許せない! こんなに優しいレオさんを酷い目に遭わせた人達が許せない!」
最初は糸くらいの幅だった割れ目は既に人の腕くらいにまで広がっている。そして、そこからは毒々しいまでに鮮やかな虹色が顔を出して──
「でも!」
フッ……
何の前触れもなく空間の割れ目が消え去る。まるで最初から何もなかったかのように。
「私、今のレオさんが好きなんです。嘘を教えられていても、酷い扱いを受けても、それでも前を向いて生きているレオさんが好きなんです。だから、だから……」
ああ、そうか。そう言うことか。
(ザガリーギルド長のしたことは間違いだったかも知れない。けどもし、ザガリーギルド長が正しい行動をしていたら……)
恐らく俺は今の俺ではなかっただろう。どんな俺だったかは想像することも出来ないが、アイラが想ってくれている今の俺ではなかっただろう。
「私、レオさんが好きです、大好きです! だから……」
アイラの足元に大粒の涙が落ちる。ああ、これは本当に俺が悪い。
(いいかな、ハーディア?)
“そこは確認取らないでよ、レオ。後で怒りにくくなるじゃないか”
まあ、許可は出たということで。
ぽんぽんぽん
俺はゆっくり、そしてなるべく優しくアイラの頭に触れた。
「ありがとう、アイラ」
「うわぁぁん!」
アイラは俺にしがみつき、まるで子どものように泣きじゃくる。俺はそれを止めることなく、ただひたすら頭を撫で続けた……
※
「……少し落ち着いたか?」
「……ぐすっ」
アイラが頷き、俺の体を離す。さり気なくハンカチを渡したかったのだが……
(俺の汚いハンカチじゃかえって汚れるんじゃないか?)
多分こんなことを考える時点で駄目なんだろう。だが、俺には〔アイテムボックス〕がある。そこから出した比較的マシなものをぎこち無い仕草で渡すことには何とか成功した。
「すみません。本当はレオさんが泣きたいはずなのに……」
「いや俺は……」
そう言った瞬間、俺は心の中のぐちゃぐちゃが無くなっていることに気がついた。そう、まるで憑き物が落ちたかのように。
(何にせよ、アイラのおかげだな)
多分、礼を言った方が良いんだろう。だが、何か……何かむず痒いな。
「流石にあんなにアイラが泣いた後だと泣くに泣けないよな」
「はぐっ……!」
アイラが顔を赤くして後退る。そんな可愛らしい仕草を見ると、イジワルが言いたくなるが……
(……って俺は何を考えてるだ!)
危ない危ない! こんな若い女の子相手に何をしようとしてるんだ、俺は。
「ゔゔゔ……レオさんのいじわる」
……っ!
上目遣いでこちらを睨むアイラ、破壊力抜群じゃないか!
“……レオ、分かってる?”
(あ、ああ! 分かってるよ!)
いや、これは不可抗力というか、ある意味アイラのせいというか。ただ、この理屈はこの過保護な精霊には通じないだろうな……
「わ、悪かったって。ごめん、アイラ」
「……ゆるしません」
うっ、手強い! こういう時はどうしたら良いんだ!?
読んで頂きありがとうございました!
次話は明日の昼12時に投稿します。
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