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第83話 サクラの想い出夏休み(1)

 ガタガタガタ

 小刻みに揺れる馬車の中から、ぼーっと流れていく外の景色を眺め続ける。

 ん〜、いい景色。この揺れといい、お尻を優しく包んでくれるクッションといい、今なら嫌なことを全て忘れて夢の中へと落ちていける自信が私にはある。


 ウトウトウト、ぐー。

「ね、ねぇ、サクラちゃん。現実逃避しながら一人だけ寝ようとしないでよ」

 正しく今夢の中へと落ちていく寸前、隣に座る友人のボタンが私の耳元で囁くように話しかけてくる。

 もう、今いい気分なんだから邪魔しないでよ。


 尚も襲いかかる睡魔に身を委ねていると、今度は私の前方から声がかかる。

「サクラも慣れない長旅で疲れてるんでしょ、着いたら着いたで大変でしょうから今はゆっくりと寝させてあげなさい」

 そう、優しく声をかけてくれるのは私の優しいお姉ちゃん……ではなく、なぜか少し前に知り合ってしまった侯爵家のご令嬢であるリコリス様。

 考えないよう、考えないようにしていたというのに、リコリス様のお声で眠気が吹っ飛び、一気に現実へと引き戻される。

 っていうか、着いたら大変ってどういう意味!?


 私は現在スチュワートで友達になったボタンと共に、ルテア様のエンジウム家が所有する別荘へと向かっている。

 なぜこのような状況に陥ったかというと、そこには深くなく、とても狭い理由が存在する。

 そう、あれは1学期が無事終わり、夏休みに入った頃だっただろうか。




「そういえば、⚪︎日だけどサクラは予定があるのかしら?」

「えっ? ⚪︎日ですか?」

 学園社交界でなぜか決定していたお茶会inレガリア城。まさか本気じゃないよね? との甘い考えは綺麗に流され、ご丁寧に私のドレスまで用意された上に自宅まで黒塗りの馬車でお迎えにくる始末。

 思わず回れ右をして、そのままダッシュで逃げ出そうとしたところを、騎士服に身を包んだパフィオさんという女性にあっさり捕まり、あれよあれよという間にお城まで連れ込まれてしまった。

 これって立派な誘拐じゃないの! と大きく反論したいところだったが、そこはお母さんがハンカチを振りながら笑顔で送り出したのだから、ご近所さんからは私が駄々をこねているという感じで映ったのではないだろうか。


 さて、それはさておきミリアリア様の問いかけから考えると、『予定が無い』と答えればまず間違いなく私の都合の悪い方へと流れていく。だけどここでキッパリ断ると明らかに嫌がっていることがバレてしまうし、お城で働くお姉ちゃんの評判にも関わってしまう。

 私は少し考えた末、あえてもっともらしい回答を返してみる。


「申し訳ございません、その日、というかその辺りの前後は友人のボタンと夏休みの課題をしようと話していたんです。泊まりがけで」

 実際のところ、ボタンとは一緒に課題をやろうとは話していたけど、正確な日にちまでは決めていない。だけど約束していた事は本当だし、遊びを兼ねてお泊まり会をしようとも話していた。

 まぁ、多少話を盛ってしまったが、後でボタンに口裏を合わせるようにお願いすれば問題ないだろう。


「あら、そうなのね。スチュワートの課題っていえば確か……」

「はい、ロールプレイングですね。二人一組でご令嬢役と接客役に分かれて、お互いの立ち居振る舞いをチェックし合うんです」

 もちろん手引書やマナーブックなどの筆記課題もあるけれど、メイドに一番必要なものは何かと聞かれれば、それは立ち居振る舞いではないだろうか。

 こればかりは一朝一夕で身につくものではないので、夏休みの間も友人達と集まるか、定期的に開かれる学園の特別実習などに参加し、体が忘れないようにする事が義務づけられている。

 実際、就職した後にこんな長い休みなんて貰えないしね。スチュワート学園ではなるべく実戦さながらで身につくよう、授業の工程がくまれているらしい。


 ミリアリア様の真意は未だわからないが、このように答えておけば諦めてくれるだろう。

 認めるのもおこがましいが、ミリアリア様からすれば私は招待されたお客様。今でこそ一緒のテーブルに着かせては貰っているが、実際私の立ち位置は今も給仕をしてくれているお姉ちゃんと同じなんだ。

 そんな中でただ私の課題の為とはいえ、お客様に給仕をさせるなどとはミリアリア様の顔に泥を塗るようなもの。しかも今回はご令嬢役としての振る舞いと、そこから見える相手側の動きの確認までもが課題に含まれている。

 流石にミリアリア様であろうとも、そんな事までするとは言い出すまい。ミリアリア様もお忙しい身なのだろうから、あえて日にちを指定してきたという事は、それ以外の日は都合が悪いという事だろう。

 しかも私は切り札とも言えるお泊まり会を持ち出した。これは一種の賭けではあるが、ミリアリア様の性格から先約があるのに無理やり誘うという行為は、自身のマナーに反するのではないだろうか。

 『勝った!』 そう思い、密かに勝利を確信していると。


「なら都合がいいわね」

「へ?」

「都合がいいっていったのよ」

 いやいやいや、別に言葉が聞き取れなくて変な声が出たわけでは決してない。私はただミリアリア様の言葉の意味がわからなかったのだ。

 都合がいい? 私の返事の何処にそのような内容が含まれていたと言うのだ。まさか本気でミリアリア様がメイド服を着るとか言い出さないよね?


 私が一人疑問を思い浮かべていると、どうやら全く同じことを疑問視したのか、メイド姿のお姉ちゃんがミリアリア様の言葉に問いかける。


「ミリアリア様、まさかまたメイド服を着て接客するとか言わないですよね?」

「ココリナさん、心配しないで。今回は事前に私たちが旅行の内容を確認しているから大丈夫よ。それにサクラ一人に私たちが全員で接客、というのもおかしな話でしょ?」

「確かにそうですね。私は既にお仕えしている身なので今回ばかりはお付き合いできませんから」

 お姉ちゃんの問いかけを、ミリアリア様に代わってリコリス様がお答えくださる。

 まってまって、言葉の内容から『またメイド服を着るの?』とか出てきたけど、本当に攻守逆転なんてしていたの!? しかも今の感じだとミリアリア様に接客されるお姉ちゃんの図が思い浮かぶ。

 お、お姉ちゃん、王女様に給仕させるなんて、学園時代で一体なにをしていたのよ!!!


「私は別にやっても良かったんだけどね、リコ達がなぜか必死に止めてきたのよ。しかも今回は事前にスケジュールまでも確認するとか言い出して。これじゃサプライズが台無しだわ」

「いえ、リコリス様ぐっじょぶです」

「どういう意味よ」

 お姉ちゃんがリコリス様に賞賛を送るも、なぜか不服そうに抗議するミリアリア様。


「忘れたんですの? ミリィの料理でココリナが一晩生死を彷徨ったことを」

「うっ……」

 ブフッ。

 ミリアリア様がお姉ちゃんの為に料理を作った!? いやいや、その前にお姉ちゃんが死にかけたっていう料理はなによ!? もしリコリス様が止めていなければ…………次の犠牲者は私じゃん!!

 これはお姉ちゃんじゃなくともリコリス様にぜひ賞賛を送りたい。


「ま、まぁそう言うことだから安心しなさい。課題の件も心配しなくていいわよ」

 若干誤魔化し気味感は感じられるが、話は終わったかのように場を納めにかかるミリアリア様。

 いやいや、何も終わっていないから! そもそも私は旅行に行くとも言っていないから!


 このままでは身の危険を感じ、私はなんとか断る方へと話を持っていく。

「あ、あのー。ご招待頂けることは大変光栄なのですが、生憎すでにその日はボタンと約束しておりまして、今からお断りするのは友人としてどうかと思いますので、その……」

 相手は仮にも一国の王女様。キッパリ断ると気分を害させてしまう場合もあるので、言葉を選びながら丁寧にお断りする。

 ミリアリア様は基本良い方なので、友達の話を持ち出せば自ずと引いてくださるのではないか。だけど……


「あぁ、心配しないで。サクラの友達が一人や二人増えたところで問題ないから」

「………………へ?」

 『私の友達が一人や二人増えたところで問題ないから?』

 ミリアリア様の言葉が何度も何度も意味を確認するように繰り返される。


「あ、あのー。おっしゃっている意味がわからないんですが……」

 いや、多分私の考えは間違えてはいないのだろう。だけどこの場合、聞きなおしたくなる私の気持ちも察して欲しい。


「ボタンだっけ? サクラの友達も旅行に招待するわよ。もともとサクラも一人じゃ寂しいんじゃないかって話は出ていたのよ。だから今更一人や二人増えたからって何も心配しなくてもいいわよ」

「……」

 ごめんボタン、どうやら私じゃ無理っぽいや。


 数日後、ボタンが泣きながら私の元へとやって来たのは言うまでもあるまい。

 こうして、私の一生の想い出となる夏休みが始まったのだった。


 うん、今日もお茶がおいしいや。


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