第63話 聖剣をつくろう
「えっと……、申し訳ございませんがもう一度言ってくださいます?」
間も無く夏休みを終えようとしているある日、ルテアとリコの二人にエンジウム領の村でおこった出来事を説明しようと、お城のプライベートエリアまで足を運んでもらった。
本当なら二人には心配させまいと内緒にしたかったのだが、エンジウムはルテアにとっても実家であり、黙っていてもいずれバレてしまうと思ったのと、私たち四人の間では隠し事は一切なしと、昔取り決めた約束があったからなのだが……
やっぱり一度では理解してもらえないわよね。
因みに私が大怪我を負った事と、邪霊を浄化するために自らを傷つけた処までは話していない。
流石にそこまで心配させるわけにはいかないからね。アリスにもその辺りの事は喋らないよう口止めしている。
現在私の隣には自身の姿を透明化させた聖獣、白銀が横たわり、呑気に寝息を立てながら昼寝に興じている。
まぁ、寝息を立てて寝ているといっても、何となく居るっていう気配があるだけで、私自身もその姿を確認する事も出来ない。だから白銀の気配と様子からそうではないかと想像しているだけなのだが、あながち間違っていないのではないかとは思っている。
だってこの子ったら私の考えを覗き込んでは、すぐにツッコミをいれてくるんだもの。それが今無いってことは、恐らく眠っている事には間違い無いだろう。
「……俄かには信じられませんが……。聖獣といえば神の遣いとも言われている存在ですよ? それが今ここにいるなんて……」
「まぁ、信じられないのも無理はないけど……ルテアなら分かるんじゃない? 白銀の気配を」
いきなり信じろって方が難しいわよね。私がもし逆の立場なら今のリコと同じ反応をするだろう。
「む、無理だよ。気配を感じるとか、聖女の血に関係がないんだもん」
「ん〜、ルテアもダメかぁ〜。アリスならすぐに分かっちゃうだけどなぁ」
まぁ、透明と化した白銀は、聖女である姉様ですら気付けないんだ。聖女候補生であるルテアに気配を感じろと言うのも酷かもしれない。
「もう、私をアリスちゃんと同じレベルで考えないでよ」
「そうですわね、アリスと一緒のレベルにって……、えっ? アリスは聖獣様の気配を感じられるんですの!?」
「そうらしいわよ、どれだけ白銀が上手く隠れたってすぐに見つけて戯れちゃってるわよ。
あの子、白銀の肉球に触れるのがお気に入りらしいからね。まるで聖獣をペット扱いにしているわよ」
「「……」」
実際白銀自身も驚いていたようだけど、どうやらアリスは聖女の力云々の前に、精霊との相性が抜きん出てるんだって。だからいくら白銀が姿を隠したって、精霊達の親切心からすぐに居場所をバラされてしまうらしい。
本人曰く、下級精霊達は自らの意思というものがほとんどなく、本能のままに聖女の力に惹かれてしまうんだとか。
精霊の上位にいるであろう聖獣でも、精霊達を従える事は出来ないんだって。
「それで、私達に国家機密級の秘密をお話しになられたのはどう捉えればよろしいので?」
聖獣と言えば伝説級の生き物だからね。国王である父様や公爵様達に説明した段階で、最も厳しい箝口令が敷かれている。
「約束したでしょ、四人の間で隠し事はしないって。この事は父様からも許可を貰っているわ」
まぁ、流石にココリナ達にまでは教えられないが、上級貴族であり私の友達である二人には説明しておかなければ、後々問題が出てきてしまうだろう。
主に私の独り言率によるものではあるのだが……
はぁ……白銀と会話するときは何も声に出さなくちゃいけない訳ではないが、そんな器用な事をすぐに出来るかと言えば、人間そんなに器用に出来ていない。
現に何も知らないメイド達の間では、「最近ミリアリア様の様子が……」とか、「ミリアリア様が壁に向かって一人でお話しをしておられるんですよ」とか、まるで私が痛い人のような噂が広まりつつあるのだ。
「それはそうなのですが……流石に国家機密までを……いえ、分かりましたわ。この事は両親にも話さないと誓わせていただきますわ」
「うん、弟や妹に話さないって約束するね」
「お願いするわね。まぁ、二人の事だからその辺りの事は心配してないんだけれどね」
二人とも私と友達以前に貴族としての盟約があるから、どこかのバカ令嬢の様にペラペラと無駄には言い回らないだろう。
「それで話を戻しますが、聖獣様は今こちらにいらっしゃるので?」
「居るわよ。私の隣で寝息をたてているわよ」
『寝息をたてているとは心外だな』
「うわっ、だからいきなり脳内に話しかけないでよね」
油断していたところに白銀がいきなり脳内に話掛けてくるので、思わず二人の前だと言うのに大声をあげてしまう。
「どうしたのミリちゃん? 突然大声なんかを出しちゃって」
「もしかして聖獣様が話しかけてこられたので?」
ん〜、やりずらいわね。二人には白銀の声は一切聞こえないらしいからね。アリスなら白銀の声も聞こえるらしいのだけれど、それは白銀自身がアリスに向かって話しかけなければ聞き取る事は出来ないらしい。
どちらにせよ白銀が私に話しかけている時点で、私以外が聞き取る事が出来ないんだ。
「ねぇ、二人に姿を見せることは出来ないの?」
聖獣である白銀は、人間に対してそう簡単に姿を見せるわけにいかないらしい。
一応、二人に自身の存在までは説明していいと許可は得ているが、姿は一切見せないと予め言われている。
『……』
「はぁ……まぁ、いいわ。貴方にも貴方なりの理由があるんでしょ」
二人には申し訳ないが、姿を見せられないと本人が言っているのだから諦めてもらうしかないだろう。もっとも、白銀の姿は魔獣と言っても良いほど大きく、見た目も中々の貫禄なので、なんの心の準備もできていない状態では少々心臓に悪いだろう。
「悪いわね、そう言う事だから姿はそう簡単には見せられないそうよ」
まるで私が一人芝居をしているようで少々恥ずかしいが、二人には納得してもらうしかない。
それにしても事前に人払いをしていてよかったわ。
現在この部屋には私たち三人と白銀以外は席を外してもらっている。元々リコ達とは込み入った話をするときもあるので、三人だけにしてほしいと言えば不審がられる事なく話が出来る。
「それは構いませんが……今日はアリスはいないので?」
「うん、私もそれが気になっていたんだけれど……もしかして怪我なんてしていないよね?」
時々重要な話をするときはアリスに適当な理由をつけてお城から遠ざける事がある。今までアリスの話題を出さなかったのは、二人もてっきりそうだと思ってくれていたのだろう。
だけど話の内容から別にアリスに聞かれても問題ないと判断したことから、ふと疑問に浮かんだといったところか。
それにしてもどう説明をしていいのか……はぁ……
「まさか、本当に怪我をなされたので!?」
私が言葉を渋っている様子から、二人から徐々に焦りの様子が浮かび上がる。
「あぁー、大丈夫大丈夫、アリスは怪我どころかかすり傷一つ負っていないから心配しないで」
聖女が使える癒しの奇跡は他人に掛ける事はできても、自分自身に掛ける事はできないからね。その場に姉様がいたとしても儀式の途中ならば手遅れになる事だって考えられる。二人はその辺りの事を心配したのだろう。
「それなら宜しいのですが……」
「それじゃアリスちゃんは一体どこにいるの? 別にお使いに出ている訳じゃないんだよね?」
「居るわよ、今もお城に」
「それじゃなぜこちらに来ないので?」
リコ達が来ているのにアリスがこの場にいないって事はハッキリ言って超不自然。
例え私と喧嘩をしている時だって、四人のお茶会にはちゃんと出席はしているのだ。
「いや、一応声は掛けてるのよ。本人も来るって言ってたから今も待っているんだけれど……。あの子一つの事に集中しちゃうと周りが見えなくなっちゃうから……」
「「?」」
私の言葉を聞いて、二人はお互いの顔を確かめながら?マークを浮かべる。
「ん〜、どう説明していいのかなぁ……」
「? 一体アリスは何をしているんです? 今の話ですと何か調べ物をしているか、作っているかのどちらかになると思うのですが」
はぁ……
私は大きくため息を一つ。
「作っているのよ、聖剣を」
「「…………………………はぁ?」」
二人はたっぷり時間を使って考えた末、まるで照らし合わすように同じセリフを口にする。
「申し訳ございませんが、もう一度言ってくださいます?」
「だから聖剣を作っているって言ったの」
「……冗談、ですよね?」
「私が今まで一度でも冗談を言った事がある? あのアリスが考えることよ? 私たちの常識で考えちゃダメよ」
これでも一応一国のお姫様だ。(私の事よ!)虚言と捉えられかねない発言には日頃から気をつけているつもりだ。まぁ、相手がアリスや姉様達家族なら、お仕置きから逃れるために多少真実から遠い言い方をする時もあるが、そこは家族のコミュニケーションの一つとして見逃して欲しい。
「……そ、そうですわね。アリスの行動を一々真剣に考えていたらこちらの身が持ちませんわね。でも一体なぜ聖剣なんて作ろうという発想を?」
うっ……
思わずリコの返答で言葉を詰まらせる様子を見せてしまう。
邪霊と戦った辺りの事は説明したが、白銀が来てくれたおかげで無事勝利出来たとサラッと流し、その後は聖獣の方に興味を持ってくれたお陰で深くは追求されなかった。
アリスが聖剣を作ると言った理由。あの場に居た者なら誰だってわかりきっているだろう。
あの場にいた邪霊は私に流れる血と、白銀の邪霊を昇華させる力のお陰でほぼ全てと言っていいほど浄化させたが、国との国境沿いにはまだ不可侵領域の森や山々が多く存在している。
もしまた同じような出来事に遭遇したら? ただでさえ豊穣の儀式による力が弱まっているのだ、アリスが聖女となるまでの間に何もおこらないとは言い切れない。
アリスがそこまで考えているとは思ってはいないが、少なくとも私に再びあのような戦い方をさせまいと、自分なりに出した答えが聖剣なんだと思っている。
因みに白銀が言う昇華させる力とは、邪霊を形成している負の力を一時的に散らせ、聖女の祈りで浄化させやすくするんだとか。
あの時邪霊が発していた音は切り刻まれた時に発する悲鳴。精霊自体は言葉なんて話せないが、邪霊として形成している力は人間の思念らしいので、恐らく人間の負の力が悲鳴をあげているんじゃないかと言う話だった。
まぁ、聖獣といえど白銀も同じ精霊だからね。精霊を倒す力を持っていても、同族を消滅させるのは忍びなかったのだろう。
さて、リコたちにどう言い訳をしていいのやら。
「それはその……」
「ごめーん、調べ物してたら遅くなっちゃったぁー」
リコへの返答をどう答えようかと悩みかけたところで、明るい声を出しながらアリスが部屋へと入ってきた。
……ほっ。ちゃんとした理由がないとリコは納得しないからね。
アリスの登場のお陰で、リコから疑いの目で見られる前になんとか場の雰囲気を一新出来た。
「遅いわよアリス、お茶がすっかり冷めちゃったじゃない」
「ごめーん、ついつい夢中になっちゃって。すぐにお茶を入れ直すね」
そう言いながら、アリスがテーブルの横に用意されたキャスターでお茶の準備を始める。
「もう仕方がないわね。私が熱いお湯をもらってくるからアリスはお茶の準備を始めといて」
キャスターにはお湯を温めるアルコールランプは置いてないからね。普通なら呼びベルを鳴らせば済む事だけど、一旦席を外して先ほどの言い訳を考えるために一度席を離れる。
そう考えた私だったが、普段滅多にしない行動がいけなかった。
「なら丁度いいですわ。アリス、ミリィから話は全部伺いました。その上でお伺いしますが、なぜいきなり聖剣なんて作ろうと?」
「えっ、ミリィが全部話しちゃったの? もう、自分で話すなとか口止めしといたのに」
ブフッ。
ティーケトルを片手に部屋から足早に逃げ出そうしていると、背後からリコがアリスに対して質問を投げかける。いや、この場合誘導尋問といっても差し支えないだろう。
確かに私はリコたちには『全てを話した』という体裁をつくろっている。まさかこのような状況に追い込まれるとは思っていなかったので、アリスにそこまでの説明はできていない。
先ほどリコへの返答の際に僅かばかりの動揺する姿を見せてしまった。それがほんの僅かだったとはいえ、あのリコが見逃すはずがない。
だから一旦席を外して言い訳を考えようとしていたのに、まさか言葉巧みにアリスに質問を投げかけるとは思ってもいなかった。
これが普通に尋ねたのならアリスでも話さないと断言できるが、今のリコの言い方は『私が全て話した』と、正しくはないけど間違えではないという言葉遊びでアリスを誘導しようとしている。
「まって、アリ……」
「ミリィがまた自分の手を切って、剣を血で染めないようにだよぉ。リコちゃん達からも二度としないように叱ってあげて」
「「……」」
止めようと振り向きながら声をかけるも、時すでに遅し。
ルテアは驚きのあまり口を開けたまま手の平で口元を隠すことを忘れ、リコの表情から温かみが消え、冷たい風が吹き抜ける。室内だけど。
「……どう言う事か説明していただけますわよね。ミリアリア様」
「ひぃ!」
リコが私の事をミリアリア様と呼ぶ時は超超超ぉー怒っているという証拠。
激怒モードのリコには一切の言い訳が通じない事はこの15年間の人生で経験済み。
結局洗いざらい全てを喋らされ、アリス共々長々と二人からお説教を受けました。
アリスのばかぁーー。




