第42話 二年生、不思議な力が働きました
すみません、セットするのを忘れてました。
「アリスちゃん久しぶりー、また同じクラスになれたねー」ぱふっ
私の姿を見るなりいきなり抱きついてきたのは、言わずと知れた友達のココリナちゃん。
晴れてスチュワートの二年生になった私たちに待っていたのは、最初で最後のクラス替え。新しい教室に入ると笑顔で迎え入れてくれたのは、ココリナちゃんを始めとする仲良し4人組。残念な事にイリアさんだけは別のクラスになってしまったが、お隣りのクラスなので合同実習は一緒に授業を受ける事が出来る。
「それにしてもまた皆さんと同じクラスになれるなんて、こんな偶然もあるんですね」
「何言っているんですかカトレアさん。こんなの偶然あるワケない……むぐっ」
ココリナちゃんの言葉の途中、パフィオさんが背後から口元を塞ぎ黙らせる。
「ココリナさん、このような場所で確証もない事を言うべきではありませんわ。例え目に見えない力が働いたとしても、それは致し方がない事。だってアリスさんなんですから」
もしもしリリアナさん。さり気なく私の事をイレギュラーな扱いとして認識していませんか?
確かに一学年に4クラスもあると言うのに、仲良し5人組が偶然同じクラスになるなんておかしいとは思うけど、まさか幾らお義母様でもそこまでは……しないと思いたいなぁ。
「でも、私達に後輩が出来るって不思議な気分だね」
このままでは何だか不安な気持ちになり、無理やり話を切り替える。
「えぇ、そうですわね。今まで学園でもお屋敷でも私はいつも教わる方でしたから」
「それは私も。家でも騎士団でも自分より下の子ってもった事はなかったですからね」
私の言葉にリリアナさんとパフィオさんが続く。
リリアナさんはお世話になっているお屋敷で、常に可愛い妹や娘のような扱いだし、パフィオさんの兄妹は年が離れている上に可愛い末っ子。それに最近通い出したという騎士団でも、一番下っ端の見習い扱いだと聞いている。
つまり私たち3人にとっては初めて自分より下の後輩を持つ事になる。
「そういえばアリスちゃん達ってスチュワートが初めての学校なんだっけ。私やカトレアさんは初等部に通っていたから、後輩が出来るのは初めてじゃないんだよ」
前にも説明したかもしれないが、この国の初等部とよばれる学園では無償で一般教養や文字の書き方、簡単な計算方法などを教えてくれる。だけど私たちって、ココリナちゃん達が初等部に通う前から家庭教師の先生に習っており、わざわざ通ってまでも学ぶべき知識は必要としていない。
「先輩かぁ、ちょっと憧れてたんだよねー」
「アリスちゃんが先輩って、ちょっと想像が出来ないよね」
「そうですね、アリスさんはずっとこのままの方がいいですわね」
私の言葉にココリナちゃんとリリアナさんが困ったように呟きかける。
「っん、もう! 二人とも、それじゃ私はずっと成長していないみたいじゃないですか!」
一人、声を上げて抗議するも仲良しの4人からは笑い声が聞こえるだけ。
いままでと何も変わらない、そんな二年生が始まろうとしていた。
「ねぇ、聞いた? ヴィクトリアの一年生がスチュワートの校舎を見学に来るんだって」
「それホント? 去年はそんなのなかったよね?」
「なんでも今年の生徒会長が提案したんだって、二校をもっと友好的な関係に築きたいって事らしいよ」
昨年一緒のクラスだった子達がグループで固まり、昼食後の余った時間に会話の華を咲かしている。
「ココリナちゃん知ってた? ヴィクトリアの一年生がスチュワートの校舎を見学に来るって」
「ううん、知らなかった。そんな通知って載ってたっけ?」
基本、学園行事は校舎内に設けられている掲示板に張り出される。恋バナやイベント事が大好きなココリナちゃんはこの掲示板を眺めるのが日課で、今じゃリリアナさんよりも情報通ではないかと囁かれている。
「私も見ておりませんわね、他のクラスからの情報でしょうか? あの方達のグループに別のクラスの方もいらっしゃるようですし」
そういえば話し合っているグループの中に、別のクラスになってしまった子達がいる気がする。恐らく昼食をとる為だけにこのクラスへと足を運んでいるのだろう、生徒の自主性を重んじる学園なだけに、別に他のクラスへと入ってはいけないという校則はない。
すると午前中自己紹介等をしたホームルームの時に、新しく担任となった先生が言い忘れでもしたのであろう。新任の先生は今年からこの学園で初めて先生になれたと言っていたので、緊張しすぎて忘れていたのかもしれない。
「確かロサ先生だったよね、今年私たちの担任になったのは」
「えぇ、午前中は随分緊張なされていたみたいでしたから恐らく報告を忘れられたのでしょう。こちらが迎え入れの準備をすると言う訳ではありませんので、別段問題はないと思いますが」
リリアナさんの言う通り見学だけなら誰かが案内しているだろうし、私たちが何かをすると言う事は全くない。それに二年生ともなると突然ヴィクトリアの生徒が現れたからといっても、これといって失礼な行動を起こすとも考えられないし、問題が起こったとしても自己判断で対応できるだけの知識も備えている。
皆んな一人前のメイドになる為にこの学園で学んでいるからね。危機対応能力は其れなりに身につけていることだろう。
「あっ、あれじゃない? 制服もヴィクトリアのだし」
お昼休みも後半、誰かが放った言葉に反射的に全員が廊下の方へと視線を移す。
その時……
「アリスお姉様ぁーー」ぱふっ
本日二度目、私の胸に勢いよく飛び込んできたのはココリナちゃん……ではなく、私よりもさらに背が低い、ジークの妹であるユミナちゃん。
そう言えば今年からヴィクトリアに入学するんだと言ってたっけ。
「うわぁ、誰この子? すごく可愛い」
私の胸に顔をうずめているユミナちゃんを見て、ココリナちゃんが目を輝かせながら尋ねてくる。
ココリナちゃんて可愛いもの好きだからね。ちっちゃくて私に抱かれているユミナちゃんが可愛く見えたのだろう。
それにしても廊下から突然教室に飛び込み、私の胸にお姉様と声を出しながらダイブして来たのだから、周りからの視線を一斉に浴びてしまう。
「ユミナちゃんだよ、ジークの妹の」
簡単に皆んなに説明をし、今のこの状況を納得してもらう。
初めて一緒になる生徒達からは不思議がられてはいるが、昨年一緒になった生徒達は私の説明で納得してくれたようで、「あぁ、アリスちゃん関係ね」「今更ヴィクトリアの知り合いが一人増えたからってねぇ」「アリスちゃんなら仕方ないよね」等と、各々好き勝手な言葉が飛び出してくる。
もしもし、これだけで納得してもらえたのは嬉しいけど、その私だから仕方がないってどういう意味?
なんだか腑に落ちないところはあるけれど、まずは先輩らしくユミナちゃんを叱っておいたほうがいいだろう。
「ユミナちゃん、今は皆んなで見学している途中でしょ? 勝手に一人で飛び込んで来ちゃダメだよ」
集団行動中にグループから離れたらダメだからね。ここはしっかりと私も成長しているんだよというところを見せておく。
「アリスちゃんがまともな事を言ってる!?」
「お天気大丈夫でしょうか?」
「私傘持ってきていませんよ」
「何か悪い事が起こらなければいいんですが」
コラコラ、皆んなして何ひどい事を言ってるのよ。私だってたまにはまともな事も言えるんだからね。
「ユミナさん、アリス様が困っていらっしゃるだろ。いくら親しい仲だからといっていきなり抱きつくのは……」
ユミナちゃんの背後から近づいてくる一人の男性。どうやら私の事は知ってみたいだけど、あいにく記憶のページを必死にめくるも思い当たる人物が引き当てられない。何処かで会った気はするんだけど……どこだったかなぁ。
頑張って思い出そうと試みていると。
「アルベルト様!?」
「えっ、あ、リ、リア!?」
言葉の主の方を振り向けば、そこには頬を赤く染めたリリアナさんの姿。
あ、何処かで会った事があると思えば昨年の聖誕祭で一度お会いしたんだったっけ。すると、この人がリリアナさんの思い人という事なのだろう。今だに本人は抵抗し続けているらしいが、姉のような存在であるエスニア姉様がお城で暮らすようになってからは、リリアナさんの様子が逐一耳に入ってきている。
「アルベルト様っていうと、この方がリリアナさんの未来の旦那様?」
ブフッ
『『『『えっーーーー!!!』』』』
ココリナちゃんの突然と言えば突然の発言に、本人たちはもちろん、クラス中どころか廊下から様子を窺っていたヴィクトリアの生徒達からも、驚きの声が響き渡る。
「なな、何を言ってるんですかココリナさん!!」
リリアナさんには珍しく、声を荒らげて必死にココリナちゃんに対して抗議する。
たとえココリナちゃんであっても、流石に公爵家の内情を漏らすのは問題があるんじゃないだろうか。リリアナさんじゃないが、抗議の一つや二つはあってもおかしくはないだろう。
しかし私の考えは次の一言で全てが霧散する。
「えっ、だってウィステリア様からチャンスがあれば大勢の前で公言して欲しいって」
ブフーーッ!
「コ、ココリナちゃん、ウィステリア様と交流があるの?」
エスニア姉様とアルベルトさんの母親でもあるウィステリア様とは、母親同士が仲がいい事もあり私とも顔見知り。
慌てて確認するも、本人はサラッと何でもないかのように。
「お仕事体験でお会いした時に『私も二人の仲を応援しますね』、って言ったらそれからたまにお手紙をもらう事があって。
今は二人の仲が全然進展しないと嘆いておられたから、手紙にチャンスがあれば大勢の前で公言して既成事実を作って欲しいって……もしかしてダメだった?」
『『『『……』』』』
「コ、ココリナさんの裏切り者ーーー」
皆んながココリナちゃんの発言に唖然となる中、一人声を荒らげたリリアナさんの声が響き渡るのだった。




