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君に、この想いを  作者: 緋色の猫
番外編
5/5

第5話

 サリヴァン視点→シン(新キャラ)視点。どちらも三人称です。




「お嬢様が勘当されたと聞いた」


 そう言って、王になったばかりのサリヴァンの執務室に遠慮なく入ってきたのは、シンという男だ。

 この国では珍しい黒髪黒目で、前王――サリヴァンの父と個人的に何らかの契約を交わした、怪しい人物だ。


 彼はもともとオールドカースル家当主に拾われた貧民街の住民であり、そのためオールドカースル家令嬢のアンジェリーナとも交流があったのだ。

 現在十八歳のアンジェリーナとは七つ歳上で、拾われたばかりである当時、彼はアンジェリーナに兄のように慕われていた。


 サリヴァンはアンジェリーナに慕われていたシンのことが好きになれない。が、嫌いでもなかった。

 自分の想い人の手助けをしてくれていたという人物を、どうして嫌いになれようか。


「あぁ、そのようだね」


「そしてお前は、どこの馬の骨とも知らない小娘と結婚した、と」


「……そうだよ。多少というかかなり不本意だけど」


 今は体は自分の言うことを聞いてくれる。だからサリヴァンは溜め息と共に言葉を吐き出した。

 シンはその言い草を不審に思ったようで、微かに眉を寄せながら「どういうことだ?」と呟いた。

 続いて、


「お嬢様もサリヴァンも幼少期はゲーム通りじゃなかったはずだが……学園で動いたのか……? あぁくそ、日付を確認しておけば……」


 と、サリヴァンには理解できないことを言う。


 やがて彼は真剣な顔つきになり、サリヴァンに問いかけた。


「お前はどうやって婚約を破棄した?」


「どうやって……って?」


「分かっているだろう。答えろ」


 苛々とした様子で舌打ちしながら返事を急かすシンに、サリヴァンは答えようとし――


「何故私があの女とどうやって婚約破棄したかを、君のような怪しい者に話さなければならない?」


 ――またしても体は自由を失い、サリヴァンは嘲笑を浮かべてシンを見下したのだった。


 シンは「そういうことか」と小さく呟き、納得がいったように頷いた。

 サリヴァンは何が『そういうこと』なのか分からず、目だけでシンを訝しげに見る。


「うん? そうか、目は無事なのか。いいや、根本と言うべきだな。目だけは変わらない……歳を取っても、何があってもな」


 まるでこちらの事情に気づいたかのような――否、実際に気づいているのかもしれない。サリヴァンの身に何が起き、この世界がどう進んでいるのか。

 シンは手をひらひらと振って執務室から出ていってしまった。何の説明もせずに。

 その直後、サリヴァンは再び自由になった。


「何なんだ……」


 不安と困惑しかないサリヴァンは、考えてもどうにもならないと諦め、再び書類を整理し始めた。

 サリヴァンの普段の生活はこのような仕事で始まり、仕事で終わる。とは言え――


「リリアナの方が早いんだよね……仕事。ただの令嬢だと思ってたんだけど……。才能かな? それとも……」


 ただの才能で、自分の力で商会を作ったりそれを大成功させたりなど、できるのだろうか――?

 おかげで財政面には大助かりである。国力も以前より増している。

 しかし王妃であるリリアナが活躍すればするほど、国王であるのに王妃以上に成果の出せないサリヴァンは無能呼ばわりされるのである。

 ただ、周りにとやかく言われることなどサリヴァンは気にしていない。彼は未だに――


「リーナ……今頃どうしてるのかな、君は……」


 ――婚約者であった、愛しい人のことを想っては溜め息を吐くのだ。

 彼が王族でなければ、いや、王でなければアンジェリーナを探すために王都を出ていってしまうであろうほど、心の中から彼女は消えない。















 場所は変わり、王妃の私室の扉の前だ。

 王妃がメイド一人だけを侍らせ私室で寛いでいると道すがら聞いたシンは、王妃に会おうと私室に赴いたのだが――当然のことながら、護衛である騎士が扉の前で立ち塞がった。

 シンは敵意がないことを示そうと両手を騎士の見える高さに上げたが、勿論それでは入ることなどできない。

 前国王と個人的に契約を交わしただけのシンなどでは、入ることは叶わない。


「じゃあ、王妃殿下に伝言をしたい。いいだろう、それくらいなら」


 騎士はシンが妥協したのだと思い、頷く。


「『あなたが主人公であるこのゲームの未来を変えるつもりないか』と、そう言ってほしい」


 眉を寄せ、騎士はシンを疑念の眼差しで見るが、本人は飄々とした態度で肩を竦めるだけだ。


「じゃ、失礼するよ」


 王妃の私室に背を向け歩き出してすぐだ。

 王妃自らが走ってきて後ろからシンをがっしりと捕まえたのは。


 ――これ、端から見たら王妃殿が俺に抱き着いているように見えないか? そう見えるな。問題だろ。


 周りにちらほらと見える騎士の姿にシンの額から冷や汗が垂れるが、その状況を作り出してくれやがった王妃は満面の笑顔で叫んだ。


「――あぁ、よかった! やっとこの地獄から脱け出せるわ!」


 と。

 続けて王妃はシンをヘッドロックしてしっかりと抑え込むと、自分の部屋に連れ込んだ。

 先程よりも問題になりそうな事態である。しかし二人きりで話せる場所が欲しかったシンは、苦笑をしながら意識を切り替えた。

 シンという乙女ゲームの中のモブから、もともとの自分へと。


 シンと二人きりになることを心配するメイドを問答無用で追い出し、王妃は期待に満ちた顔でシンに向き合う。


「さぁ、この世界の未来を変えられる方法を教えてちょうだい」


 シンを絶対的に信頼しているその言い振りにこの王妃の頭が心配になるが、それほどまでに参っていたのだろうと勝手に納得した。


「協力してほしい、王妃殿。――まぁ、そちらはそちらで準備を整えつつあるらしいが」


「あら、分かっちゃった?」


「ある程度は」


 研究室に籠って研究を続けていたが、アンジェリーナが勘当されたと聞いたときから情報収集は行った。それだけでも充分、知れることはあった。


「俺の計画にあなたの計画が重なれば上手くいくだろう」


「ふふふ。それはよかったわ。これで自由になれるもの」


 互いに説明を求めず、求められずに進められていく会話は第三者から見れば意味不明のものだろう。しかしそれでいい。言わなくても分かるくらいで調度良い。

 ところで、と王妃は思い出したように問いかける。


「あなた、見たこともないキャラなのよね。バグかしら?」


 バグではない、とシンは頭を振った。

 そして胸に手を当て一礼すると、口元を歪め微かな冷笑を浮かべた。


「俺は、有り得ないと揶揄された実験に成功し、失敗した科学者――だが、今はただの運営側の人間だと思ってくれれば結構だ」


 あら、と王妃は目を丸くさせる。


「思っていたよりも強力な方だったのね」


 その瞳には今までサリヴァンが見たことのない、悪戯っぽい輝きが宿っていた。

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