第4話《サリヴァン視点》
時系列で言うとアンジェリーナが婚約破棄された直後→サリヴァンの回想→婚約破棄
です。
「やっと君と結ばれることができるよ、リリアナ……」
――違う。
「邪魔なあいつを消したから、これから一緒にいられるよ」
――何を言っているんだ、この口は!
「愛しているよ、リリアナ。私の最愛の人」
――僕の最愛の人はリーナだけだ!
体の支配権を失ったサリヴァンがどれだけ心の中で叫ぼうと、それは誰にも伝わらなかった。
サリヴァン・マゴットは穏やかな気性の、しかし情熱のある、『王子』という存在を夢見る乙女には実に理想的な青年だ。
彼は幼少期に公爵家令嬢であるアンジェリーナ・オールドカースルと婚約した。
当時のサリヴァンはアンジェリーナに一目惚れした。
やがて共に過ごす時間を重ねると共にアンジェリーナの内面にも惹かれ、側室を狙ってくる令嬢など目に入らなくなっていく。
アンジェリーナもまたサリヴァンを慕っていたので、二人は端から見てもラブラブの……バカップルにしか見えなくなっていたのだが、当人らは気づかなかった。
婚約者を大事に大事に、学園卒業まで手を出せずにいたサリヴァン。学園入学時までにはアンジェリーナの可愛らしさにベタ惚れであった。
そんな矢先のことだ。
体が、言うことを聞かなくなったのは。
入学してから一日に何度か、勝手に体が動くようになる。そんな時、隣にいたのはいつもリリアナだった。
男爵家令嬢であるリリアナに、自分の体が積極的に近づいていく。好きでもないのに、必要以上に優しくしてしまう。
――どうして! 僕はこんなことしたくない! リーナに会わせてくれ!
しかし婚約者と会うと冷たい態度を取るしかできなくなっており、心の中で絶望する。
冷たい態度を取られてもなお笑顔を向け、愛を示してくれるアンジェリーナが愛しくて堪らない。堪らないくらい愛しいのに、この体は彼女を抱きしめることもできない。
もしや何者かの陰謀が働いているのか。呪術を操る魔女がいるとどこかで聞いたことがあるから、呪術で体の自由を奪われているのか。
そうか、リリアナか。あの令嬢に優しくしてしまうということは、彼女か彼女の知己か誰かが側室にと魔女と契約をしたのか。
予想が正しいか、リリアナといるときに彼女を観察して検証した。が、彼女からそんな――野心のようなものは見られない。
ただただ優しくサリヴァンを労る彼女の瞳の奥には、光すらなかったのだから。
欲望を感じ取れず、暗いだけの瞳は、彼女の考えをすべて隠し覆う。
――否、何も考えていないのかもしれない。ただ、体が動くままに行動している。そう見受けられた。
やがて卒業が近づくにつれ、アンジェリーナによるリリアナへのいじめが発覚していく。実行犯達は皆、オールドカースル家令嬢の名を出すのだ。
勿論サリヴァンは信じなかった。間違いに違いない。もしくは誰かが愛する婚約者を貶めようとしているのだ、と。
しかし彼の体は既に自由を失っていた。もう、一日に数分も彼自身の意思で動くことはできなくなっていたのだ。
心で抵抗して、叫んで、もがいて、それでもサリヴァンはアンジェリーナを断罪する証拠を集め続けた。
リリアナは、暗い瞳のままだった。
やがて恐れていたことは起きた。
体は教師や生徒会にアンジェリーナの罪を暴露し、彼女を裁くことになってしまった。
サリヴァンとリリアナ、教師達、生徒会の生徒がズラリとアンジェリーナに向かい合う。彼女は何故自分が呼び出されたのか分からないようで、不安そうにサリヴァンを見る。
――分かるわけない。リーナは無実だ! 彼女がこんなことするなんて、有り得ない! あぁ、動け! 動いてくれ、僕の体! リーナを、苦しめるな……!
「アンジェリーナ・オールドカースル公爵令嬢……よくも私の顔に泥を塗ってくれたな」
だがここでも体は意思に反する。
声は固く、表情は勝手に『怒り』を形作っていく。それは一人の生徒ではなく、リリアナ個人をいじめられて怒っている、哀れな男の姿だった。
アンジェリーナは困惑し、目をぱちぱちと何度も瞬かせた。
「リリアナへの数々の暴挙、確認したぞ。こんなことをする人間が貴族であることが、信じられん」
信じている。本当は、誰よりもアンジェリーナを信じている。
なのにアンジェリーナに放つのは怒声になってしまう。
「私の婚約者だから、何をしてもいいとでも? 高位の貴族なら、弱者を痛めつけても許されるとでも!?」
そんなこと、アンジェリーナはしない。貴族であろうと平民であろうと優しく接するアンジェリーナの姿を、何度も見たことがある。
孤児院へ慰安訪問するアンジェリーナを知っている。
薄汚い格好の物乞いに食べ物を分け与えたアンジェリーナを知っている。
王宮で失敗したオールドカースル家の侍女を、自分の責任にしてまで庇ったアンジェリーナを知っている。
慈愛の心を持つアンジェリーナは、リリアナにいじめなんかしない。
分かっている。分かっている、のに――。
突然、アンジェリーナは納得したような表情になった。何に納得したのか、サリヴァンには分からない。
もしやサリヴァンが本当にリリアナを愛していると思ってしまったのか。もうアンジェリーナのことを想っていないと、そう思ってしまったのか――?
しかし次にアンジェリーナの口から発せられたのは、信じられないような暴言だった。
今まで見たことのないような凶悪な笑みを浮かべると、
――あなたが悪いのよ。あなたが殿下を私から奪うから。婚約者のいる殿方に近づくなんて、汚らわしい雌豚め。あなたなんかより私の方が殿下にふさわしいのに。殺してやりたい。殺してやる――
それから事はとんとん拍子に進んでいった。
サリヴァンはアンジェリーナの先程の言葉が頭の中で木霊したままで、自分が何を言っているのか、聞きもしなかった。
――本当にリーナがやったのか? そんなはずない。だったら何で納得したような表情を浮かべた? 最初はあんなに困惑していたではないか。
あぁ、アンジェリーナも体の自由を奪われてしまったのか?
何もかもが終わりへ向かっていく。
最愛の婚約者を失い、体の支配権を失い、理性すら失われてしまいそうだ。
――理性すらをも失えば、楽になるだろうか……?
サリヴァンは自分が涙を流していることにぼんやりと気づきながら、やはり暗い瞳のリリアナを無意識に抱きしめた。
――もう、すべて、終わってしまってくれ――。
その日のうちに、第一王子ととある男爵令嬢の婚約が王都にて発表された。
分かりづらいかなと思って題名に誰視点か付け足して、前書き書きましたm(__)m




