賢明な判断だな
ユーリが美都と合流した一方、正人たちは落とし穴の前に立っていた。下に落下したアイリスの様子を確認するため、この場に残っているのだ。
中をのぞくが、底が見えないほど深い。普通の人間であれば生きていないだろう。だがレベル三の探索者であれば話は変わる。強化された肉体に自己回復のスキル、この二つがあるので生存している可能性はあった。
「私が降りる」
自己回復、罠感知のスキルを持っている正人が適任だ。斥候としての役割を果たすべく宣言したのだった。
この場で反対する人はいない。各々が持っていたロープを繋げると、正人は腰にくくりつけて、余った部分を里香、ヒナタ、冷夏の順番で並んで持つ。成人男性の体重と装備品を三人で支えることとなる。
「行くね」
「お気をつけて」
冷夏の返事に正人は手を軽く上げて答えてから、壁に足をつけながらゆっくりと降りていく。三人の両手にずしりとした重みを感じる。これが、大切に思っている人の重さ、と感じながら、里香はロープを持つ手に力を入れた。
ギシギシとロープがきしむ音を聞きながら、正人はファイヤーボールを使って周囲を明るく照らす。しばらくすると底が見えてきた。
槍のようなトゲがあるのは、冷夏が落ちた落とし穴と変わらない。地面には血痕も残っている。だが、アイリスの姿はなかった。
姿が見えないのであれば、自己回復スキルで生き延びたのだと正人は考える。奇襲を警戒して探索スキルを使うが反応はない。高低差があるのでまともに機能していないのだ。
どこかに隠れていないかと目で探すが、見つからない。索敵スキルに青いマーカーは浮かばないまま。
(これ以上は、下につかないと判断が出来ない)
先ほどよりも慎重になりながらも、下に降りるスピードは緩めない。攻撃を警戒して自動浮遊盾まで出すが、結局、何事もないまま落とし穴の底に着いた。
ナイフを右手に持ち周囲を見るが、上から確認したときと変わりがない。血の跡だけ残っていて、アイリスはどこにもいないのだ。
――索敵。
底に着いたのでもうもう一度スキルを使った。すると、今度は青いマーカーが一つ浮かぶ。場所は距離にしておよそ三百メートル先。だが正人の目には通路ではなく壁が見えていた。
「スキルの誤作動……? もしくは別人?」
疑問を口に出しながら青いマーカーがある方に進み、壁を触る。固く冷たい感触があった。
(奥に行く方法はあるかな?)
周囲を注意深く観察しながら、正人は壁を軽く叩く。中が空洞になっているような感覚はなかった。
――ファイヤーボール。
火の玉を周囲に三つ出現させて周囲を明るく照らすと、足下に血痕を見つけた。点々と続いていて、その先には壁に空いた小さな穴があった。成人男性が匍匐で進めるほどの大きさで、血の跡はそこで途切れている。
(あの女性はこの先に行ったのか? 落とし穴の先に横穴があったことを知っていた……という可能性は低いだろうし、偶然見つけたのかもしれない。彼女たちが仕掛けた罠があるとは考えにくいな)
先に行きたい衝動にかられるが、返り討ちに遭ってしまえば犯人を逃がしてしまう。青いマーカーが動いていないこともあって、正人は一度上に戻ると決めた。
ロープを軽く引いて合図を送ってから引き上げてもらう。待っていた里香たちに状況を報告してからユーリたちに近づくと、三人は剣呑な雰囲気に包まれていたので、足が止まってしまう。
「本当に強奪しちゃって良かったの?」
襲撃犯の男は既に息絶えており、美都の手には一つのスキルカードがあった。
強奪のスキルで奪い取ったのだ。
「ああ、このスキルは確実に欲しかったからな」
ユーリが美都から透明化のスキルカードを奪い取ると、懐にしまう。美都は抵抗しなかったが、代わりに疑問を口にする。
「それ、ちゃんと協会に渡すのよね?」
「教えても良いが、後戻りできなくなるぞ。それでも聞くか?」
気迫に押されてしまい、美都が返事に悩んでいる間に川戸が後ろに回った。全身から殺気が放たれていて、逃げだそうとしたらハリーと同じような目にあうことだけはわかった。
戦闘能力が低い彼女に逃げる道はない。
「……やめておくわ。このカードのことも見なかったことにする」
「賢明な判断だな」
透明化のスキルを協会に提出しないだろうことは容易に想像できるが、美都はその事実を指摘するつもりはない。ユーリが探索協会に敵対する意志があるのは前々から気づいていたので、巻き込まれないように距離を取ろうとしているのだ。
しかし、すでに無関係というには関わりすぎており、逃げ出すには遅すぎた。一歩踏み込んでしまえば、底なし沼からは抜け出せない。ずるずるとユーリに引きずり込まれる運命しか残っていなかった。
「よう、待たせたな」
先ほどの出来事が何もなかったかのように、ユーリが立ち止まっていた正人に声をかけた。
「いえ。その男はユーリさんが殺したんですか?」
「いや、美都だ。こいつは強奪のスキルを覚えててな、対象の命と同時にスキルを一つ奪い取れるんだ」
「なる、ほど……」
貴重なユニークスキルを覚えている正人にとって、歓迎できないスキルだ。スキル昇華の存在が完全にバレてしまえば、いつか使われてしまうかもしれない。そんな不安が広がった。
「あの女はどうなった?」
「まだ生きています。落とし穴に横道があり、そこから逃げ出したようです」
「そういった場所には強力なモンスター、そしてお宝がある可能性が高い。急いで行くぞ。案内してくれ」
そう言ってユーリは正人の肩に手を置き、耳元でささやく。
「全てが終わったら、川戸のスキルが使えた理由を教えてもらうからな」
「!!!!!」
使わなければ死んでいたとはいえ、自動浮遊盾をユーリの前で使ってしまった。使えた理由を説明しなければ納得しないだろう。下手な嘘をついても騙されてくれるような相手ではない。どうやって逃げ切ろうか考えても、正人には良い案は浮かばなかった。






