生け捕りにしろよ
ユーリは正人の前に出て、部屋の中心に立つアイリスに話しかけた。
「もう、さっきのような奇襲は通用しない。これが最後のチャンスだ。大人しく投降すれば助けてやるぞ」
短槍を肩に乗せて余裕の笑みを浮かべながら反応を待っていると、アイリスが短い返事をする。
「シンジナイ」
片言の日本語で感情は伝わりにくいが、警戒した声色でハッキリと拒絶の意思を示した。
「この国の探索者協会が保護してやってもいい。お前が所属している組織だって簡単には手を出せないと思うぞ。考え直したらどうだ?」
「コトワル」
今度は即答だった。
探索協会が約束を守ってアイリスを保護したとしても、絶対に安全だとは言い切れない。ハリーのような特殊なスキルを持った人間であれば、警備の隙を突いて襲いかかることは可能だからだ。気が緩んだ時期を狙われてしまえば、組織から派遣された暗殺者に殺されてしまう可能性は高い。
いや、普通に殺されるだけならまだマシだろう。見せしめのために拷問され、生まれたことを後悔しながら死ぬことになる。そんな未来を選ぶぐらいなら、この場で賭に出た方が良いとアイリスは考えたのだった。
「だよな。俺もお前の立場ならそう言うぜ」
笑いながらユーリは答えた。
「交渉決裂ですね。後は私に任せて下さい」
どんな罠を使ってくるのか分からないため、感知系のスキルを持っている正人が前に出た。出番が終わったユーリは、数歩下がって二人の様子を見る。チャンスが来れば参戦する計画を立てていた。
「分かっていると思うが、生け捕りにしろよ」
「もちろんです」
返事をしてから正人はスキルを使う。
――肉体強化。
――短剣術。
感知系のスキルも併用しているので魔力の消費量は一気に跳ね上がるが、長期戦にならなければ問題はない。
地面を蹴り、勢いよく飛び出した正人は、アイリスの前にある床のトラップを跳躍して飛び越えると、着地と同時にナイフを腹に突き刺そうとする。アイリスは体をひねって避けた。
――格闘術。
アイリスがスキルを使った。両手のガントレットが淡く光る。正人は顔面を狙った攻撃を転がるように回避すると、アイリスの拳が地面に当たり、ひび割れを作った。
ガントレットによって手の甲が隠れて正人は確認できないが、アイリスのレベルは三だ。スキルは自己回復に格闘術を組み合わせて戦い、正人と互角に近い実力を発揮していた。
接近戦だけでは倒せないと感じた正人は、二、三歩後ろに下がってスキルを使う。
――エネルギーボルト。
アイリスの足と体を貫こうとして、光の矢が進むが、その全てを両手のガントレットで弾き飛ばされてしまう。
――ファイヤーボール。
さらに続けて正人は火の玉を放つ。アイリスは同じようにガントレットではじき、壁に衝突して爆発音がした。
反撃しようと一歩前に踏み出したアイリスだったが、正人の姿が見えないことに気づく。
ファイヤーボールが目の前に迫った時に、姿が見えなくなった瞬間があった。その隙を狙って、正人が隠密のスキルを使用。存在感を極限までそぎ落としたのだ。
首を左右に動かして周囲を見るが、正人の姿は見つからない。上にもいない。視線を下に向けると、地を這うようにして走る正人の姿が見えた。接触まで一メートルほど。そこまで近づかれて、ようやく気づけたのだ。
狙われているのはアイリスの腹部。生け捕りにしなければいけないため、頭や胸、といった即死するような急所は狙えないのだ。腹に刺さった程度の傷であれば、自己回復スキルで回復可能であり、遠慮なく攻撃できる。
「ッ!!!!」
二本のナイフがアイリスの腹に突き刺さった。服が破け、血が流れる。
「ゴフッ」
口から血が噴き出し、アイリスは痛みに耐えながらも正人を蹴り飛ばす。
たいしたダメージは与えられなかったが、狙い通り距離は取れた。
――自己回復。
ナイフで刺された傷が回復していく。
アイリスがスキルを使っている間に、正人は正面、里香とユーリがアイリスの後ろに回り込んだ。
「逃げ道はありません。降伏して下さい」
正人が最後の説得を試みるが、アイリスは首を横に振って拒否した。もう手段は選んでいられない。覚悟を決めたアイリスは正人に背を見せると走り出し、道をふさぐように里香が立ちはだかる。
「逃がしません!」
片手剣を構えて近づくのを待つ。だが、姿を見失ってまった。アイリスが床のトラップを踏んで、下に落ちたのだ。
「え!?」
驚きのあまり、正面にいた里香だけでなく、正人たちも動きが止まってしまう。まさか、アイリスがトラップに引っかかり、落ちてしまうとは予想できなかったのだ。
生きているのか確認するため、美都と川戸を除いた全員が床に空いた穴の周りに立つ。下は暗く、底は見えない。
誰が確認しに行くか相談しようとした正人は、索敵スキルのレーダーに新たに浮かんだ青いマーカーの存在に気づく。数メートルほどの距離。透明化のスキルを使っていたハリーは、ずっと近くで潜んでいたのだ。
視線を向けると、ハリーがハンマーを振り上げてスキルを使う準備をしていた。
「スキルが来るッ!! 私の後ろに隠れて下さい!」
とっさに正人が指示を出した。
何をするんだ? そんな疑問を出すような、未熟なメンバーはここにはいない。言葉に従って、落とし穴に集まっていた全員が正人の後ろに集まった。
――自動浮遊盾。
――ヒートインパクト。
お互いのスキルが衝突した。
前回の反省を踏まえて、正人は半透明の盾の厚みを薄くする代わりに面積を大きくして、防げる面積を増やしている。相変わらず熱風が肌を焼こうとするが、前回に比べて熱くはない。レベルアップで強化された肉体であれば、耐えられる。
熱風とは別に衝撃によって半透明の盾にヒビが入るが、魔力で補強することでスキルの効果が終わるまで正人たちを守り続けた。






