え……ッ
「モウ、ココマデキタノカ」
正人たちに近づくアイリスは、私服のままだが、手から腕にかけて黒いガンドレッドで守られており、拳には十センチ近いトゲがいくつもついている。
モンスターと戦うには心許ない装備だが、人であれば十分な威力があるだろう。至近距離の戦闘が得意だと思わせる見た目をしてる。
拙い日本語で話す彼女にユーリが話しかける。
「盗んだスキルカードを渡せば見逃してやるぞ」
目的はスキルカードであって犯人ではない。協会の面子のために戦うといった考えはなく、あくまで安全に依頼を達成できる方法にしか興味がないので、そういった交渉を持ちかけたのだ。
もちろん、相手が取引に応じるとは思っていないが、反応を見つつ次の一手を考えようとしていた。
「コトワル」
「どうしてだ? 依頼主が怖いなら、保護してやっても良いぞ?」
アイリスの眉がピクリと動いた。一瞬だけだが保護という単語が魅力的に感じてしまったのだ。だが、すぐに考えを改める。ここまで騒動が大きくなり、協会の面子まで潰したのに、スキルカードを返せばなかったことにしてもらえるなど、そんな都合の良い展開にはならないと過去の経験から知っていたからだ。
提案を拒否する言葉を発する代わりに、アイリスは構えた。
対人戦ということもあって、正人たちの動きは慎重だ。相手はスキルも使う。不用意に近づけば手痛い反撃を受けてしまうかもしれない。
(人と戦うのであれば私が適任だ。里香さんたちは後ろに下げて――)
と、正人がそこまで思考を進めたところで、犯人が一人しかいない異変に気づく。
逃げ出した犯人は二人。ハンマーを持っていた男性がいないのだ。
(索敵スキルに反応――ッ!?)
突如、川戸とユーリの間に青いマーカーが浮かんだ。正人は慌てて後ろを向くと、ハンマーを振り上げ、覆面をつけたハリーが立っていた。
ターゲットは美都。戦闘能力の高いユーリや防御能力に長けた川戸を後回しにして、彼女を殺して数を減らそうとしているのだ。
美都は襲われることに気づき、驚いた顔をしたもののすぐに達観した表情に変わる。スキルを奪い取るために人を殺す。そんな業の深いユニークスキルを覚えて使っていたこともあって、誰かに殺される覚悟ぐらいは出来ていたのだ。
「諦めるんじゃねぇ!」
そんな様子を気に食わないといわんばかりに、ユーリが間に入る。短槍術のスキルを使用し、淡く光る短槍でハンマーを受け止めたのだ。
奇襲を確実に成功させるため、速度を優先したハリーは、攻撃系のスキルは使っていなかったこともあり、重量差を覆してユーリの短槍でも耐えられた。
もし、正人に使ったヒートインパクトを使われていたら、二人ともまとめて倒されていただろう。
「面白いスキルだな」
殺気だったユーリの目は鋭かった。見つけた獲物は逃がさない。そんな意志が込められているように見える。
殺さず活かして捕らえ、美都にスキルを奪わせる算段を立てながら、ハリーの体を蹴って吹き飛ばす。
奇襲に失敗したハリーは、まとめて倒そうとしてハンマーを振り上げる。ヒートインパクトのスキルを使う溜めの体制だ。威力については正人から聞いていたが、ユーリは余裕の笑みを崩さない。視線の先には走っている川戸がいた。半透明の盾と共にハリーに突進する。
『あぶねぇ!!』
直前に気づかれてしまい、後ろに下がって回避されてしまったが、スキルの中断には成功した。
短槍を構えたユーリと周囲に自動浮遊盾を浮かべた川戸。攻守バランスの取れた陣形を一人では崩せない。ハリーは撤退を決める。
『先に逃げる! 次の作戦はお前の仕事だッ!』
英語で叫ぶと、アイリスが小さくうなずいた。
戦闘中の緊張した状態で外国語を話されても、聞き取れない。正人たちに言葉の意味を理解できた者はいなかった。
――透明化。
スキルを使うとハリーの姿が瞬時に消える。同時に索敵スキルのレーダーから青いマーカーが消失した。
土を踏む音が遠ざかっていく。
透明化のスキルは機器や視覚、スキルを欺くことはできるが、使用者が発する音は適用外だ。また足跡も残るので追跡は可能ではある。だからこそ、ユーリは追うべきか迷う余裕が出来てしまった。余計な思考が判断を遅らせる。
「女性の方も逃げました! 捕まえに行きます!」
アイリスも背を見せて逃げ出したのを里香と冷夏、ヒナタが追う。
ユーリが止める間もなく、数秒遅れて正人が飛び出した。
「その先に行ったらダメだ!」
罠感知スキルに反応があったのだ。
アイリスは床に仕掛けられた罠を踏まないように走り抜ける。その後を追う里香たちは、気づかないままだ。
正人が追いついて里香とヒナタの腕をつかんで止めるが、冷夏だけは先に行ってしまった。
逃げるアイリスを捕まえようとする冷夏は罠に気づけない。右足を一歩踏み出すと、先ほどまであった確かな感触がなくなっていた。慌てて下を見ると、あったはずの床が周囲から消失している。
「え……ッ」
短い驚きの声を上げると、重力に従って落ちていく。
無意識のうちに天井を見ると、誰もいないのに手を伸ばす。
助けてもらえない。分かりきっていたことだが、冷夏の心を強くえぐった。
死ぬかもしれない恐怖と、ヒナタだけを残してしまう後悔が襲ってくる。そんな時に、聞き慣れた声が耳に届いた。
「冷夏さん!!」
なんと、正人が落とし穴に落ちてきたのだ。
伸ばしていた冷夏の手を握ると体を引き寄せる。二人が密着すると、正人はアダマンタイトのナイフを壁に突き刺した。
二人分の体重と落下の勢いによって、ナイフより先に衝撃で腕の骨が折れてしまう。
――自己回復。
――肉体強化。
痛みに耐えてスキルを使い、手放す直前で再びナイフを強く持つ。
ガリガリと音を立てながらナイフが壁を削り、落下の速度が落ちてくる。
落とされないようにと、冷夏は両腕で正人に抱きついたまま、一度も信じたこともない神に助かりますようにと祈る。
その願いが叶ったのか、地面につく前に落下が止まった。
「大丈夫?」
「は、はい。なんとか」
まだ心臓がバクバクしている冷夏は戸惑いながら返事をすると下を見ると、床には石で作られた槍のようなトゲが、いくつも生えていた。落下の衝撃に耐えられたとしても、体を貫かれて死んでいたのは間違いない。
血の気が引いた冷夏が上を見ると、天井は遠くにあった。壁はつるりとしてて、よじ登るのは難しいだろう。
「かなり下にまで落ちたみたいだね。助けに来てもらうのを待つしかなさそうだけど……」
それまで体力が持つか。
言葉には出さなかったが、正人は長く持たないだろうと不安を抱えていた。






