ワタシとお話しませんか?
洞窟の拠点を出た里香たちは、襲撃犯の二名と対峙していた。
槍を持つ男性は推定レベル三。彼が一人いるだけで敗北は避けられない。里香たちが出来ることといえば時間稼ぎだ。それも会話によるものでなければいけない。
無力な自分を恨み、それでも生き残ろうとする里香が、襲撃犯に話しかけるのは必要なことであった。
「ここに来るまでに、他の探索者と会ってアナタのことを話しました」
もちろんブラフだ。
襲撃犯たちはなぜ追ってくるのか? その答えが分かれば会話が成立すると考えた里香は、悪魔の角を奪い死体操作のスキルを使えることを隠したいからだと結論を出したのだ。
「…………」
その考えが正しかったことを証明するかのように、襲撃犯の動きがピタリと止まった。彼らが最も恐れていること。それは情報が漏れてしまうことにある。正体不明の襲撃犯でなければいけないのだ。
「嘘だな。そんな時間はなかったはず」
槍をもった襲撃犯が言葉を発した瞬間、里香は時間稼ぎが出来ると確信した。
最初のとっかかりさえクリアすれば、会話の難易度はぐっと下がる。
「嘘だって信じたい気持ちは分かりますが、本当ですよ」
「ふん、小賢しい。足跡が三人分しかなかった。お前が言うことが本当であれば、痕跡が残っていなければおかしい」
地面はぬかるんでいて足跡は残りやすい。木道を歩かずに逃げるのであれば、痕跡は残ってしまうため、追跡になれている人間であれば人数まで容易に把握できる。
襲撃犯は、ここに来るまでの間に誰かと出会った可能性はないと確信していた。
「でも、アナタは動けない。なぜだか代わりに答えてあげましょうか?」
やや高圧的な態度を崩さない里香だが、全身に冷や汗をかき、心臓はバクバクとうるさいほどなっている。恐怖はすでに押し殺している。表面上は冷静に余裕があるように見せて、必死に襲撃犯は放った言葉の穴を探す。
そこを突かなければ、時間稼ぎがこの場で終わってしまう。
相手が攻撃する決断が下せない。そんな状況を作り続けて、正人の帰りを信じて待つしかないのだ。
「この拠点で探索者にあって、アナタのことを話した可能性までは否定できない。そう思っているんですよね? だって、ワタシがいるところまでは、痕跡は確認できていませんからね」
六階層まで来ると、探索者の人数はぐっと下がる。移動中に出会える可能性は低いのだが、拠点になると話は変わる。
長期探索に備えて休む場所であり、いくつかのパーティーと合同で夜を過ごすことも多い。自然と人が集まる場所なのだ。
襲撃犯は出会っていないと、頭から否定することは出来ない。
もしかしたら……といった可能性が脳内にこびりつく。
「こんな中途半端な時間に人がいるわけがない」
「でも、可能性はゼロではない、ですよね?」
「…………」
里香の言葉に反論が思い浮かばず、襲撃犯は再び黙る。
攻撃するべきか、何を話したのか確認するべきか悩んでいたのだが、相手を揺さぶる話題に変えることにした。
「まさか、あの男が帰ってくるとでも思っているのか? なぜ俺がここにいると思う?」
分かっているだろ? と言いたげに嗤う。
「一人、ヤられてしまったが、それだけだ。私のスキルできっちり殺してやったぞ。」
希望を打ち砕き、心をへし折ることにしたのだ。
少し前の冷夏とヒナタには効果があっただろう。すぐに白旗を揚げることはないが、動揺がでていただろうし、そこから里香の発言がブラフだったと気づかれる可能性は高かった。
だが、そうはならなかった。
里香が正人の秘密を二人に打ち明けたからだ。
多彩なスキルを使えるのであれば、逃げる手段の一つや二つあるはず。そういった希望に支えられて、三人の心は揺らぐことはない。
「それこそ嘘ですね。もし事実なら、正人さんの死体を見せるか、少なくとも操ってくるはずでしょ?」
小娘のくせに生意気だ。
そんな心の声が聞こえそうな舌打ちだった。
「だが、ほんとだぞ。俺のスキルで殺したのは。面倒だがどうやって殺したのか教えてやる」
槍を持った襲撃犯の頭上に火の玉が浮かび上がる。魔力が注ぎ込まれて大きくなっていく。もう一人は、周囲に矢の形をした白い光を二本浮かべる。
「太ももを、こいつのエナジーボルトで突き刺して動けなくなったところで、ファイアーボールをぶつけてやった。蒸発して死体すら残ってなかったぞ! お前たちも同じように殺してやろうか? それとももっと別の楽しみ方をしてやろうか? 選ばせてやるよ」
恐怖をかき立てるように大声で嗤う。
襲撃犯の耳障りな声を聞きながらも、里香たち三人は動揺しない。
「そんな脅しで私が怖がるとでも?」
「一人ぐらい消えたら、喋りたくなるかもな。おい、やれ」
待機していたエナジーボルトが、ヒナタに放たれた。
里香が間に入りアダマンタイトの剣で一本を弾き飛ばすが、もう一本はダンジョン鉄の胸当てを貫通して、肺に突き刺さり口から血が出る。
「ゴフッ」
里香は力が抜けて膝をつく。今度ばかりは冷夏とヒナタも冷静ではいられなかった。
慌てて駆け寄ると左右から、倒れてしまいそうな里香を支える。
「俺は回復スキルを持っている。助けて欲しければ、本当に探索者にあったのか教えるんだな」
「……あなたみたいな三下が、そんな貴重なスキルを持っているはずがない。バレやすい嘘つくと小者に見えますよ」
「お前ッ!」
肺に穴が空いて喋るはずがない里香が、嫌味を言いながら、すっと立ち上がったのだ。流れ出ていた血はすでに止まっている。
「自己回復スキルか……小娘が貴重なスキルを持ちがやがって」
「アナタが持っている回復スキルほどではないですよ」
ピシッ。
空気が割れたような音が聞こえた気がした。
度重なる挑発で襲撃犯がキレたのだ。
「もういい。死体を操作したぐらいしか分かってないだろう。その低度なら許容範囲だ」
「もしかして他にも――」
「……死ね」
里香の疑問は無視して、さらに火の玉の温度が上がっていく。
三人は慌てることもなく、逃げることもしなかった。ただ、見守っているだけだ。
「ようやく力量の差に気づいたか。だが、遅い!」
「あなたの判断がね」
里香は勝ち誇った笑みで言い放った。
――短距離瞬間移動。
正人が槍を持つ襲撃犯の背後に立つ。
――肉体強化。
――格闘術。
スキルが正人の動きをアシストする。羽交い締めにしてから、足を蹴ってバランスを崩して、背中から落とした。
水分をたっぷり含んだ地面はスポンジのように衝撃を吸収したため、襲撃犯はさほどダメージは負っていない。だが、集中力が切れたことにより宙に浮かんでいた火の玉は消えていた。
正人はスキルの効果を切る前に、仰向けになった襲撃犯の腹を思いっきり踏み抜く。
「グゲェ」
カエルのような鳴き声を出してから、もだえて転げ回る。
トドメを刺すことも出来たが、もう一人の襲撃犯が近寄る姿が見えて、思いとどまる。
――短距離瞬間移動。
スキルを使って、里香の隣に立っていた。
「ごめん。お待たせしました」
「もう!」
里香は頬を膨らませて怒っていますよとアピールするが、すぐにしぼんでいき、
「信じてましたからッ!」
殺していた感情が爆発して抱きつき、声を上げて泣き出した。
冷夏とヒナタも目に涙を浮かべて安堵している。里香がいなければ代わりに抱きついていただろう。
「ごめん。もう少し早く出ていれば良かった」
「良いんです! こうして間に合いましたからッ!」
正人は優しく里香の髪を撫でる。
襲撃犯が態勢を立て直していることに気づきながらも、魔力の回復につとめていた。






