一度はやってみたかったんですよね
湿原にぽつりと出現した岩場は、人間が数人ほど隠れられる大きさだ。その裏側に回り込んで、正人たちは休んでいた。乱れた呼吸を整え、固まった筋肉をほぐす。
「振り切れたかどうか知りたいけど……ダメだ! 探索スキルの範囲が狭すぎるッ!」
探索スキルは周囲一キロメートルの情報しか取得できない。
障害物が多い場所であれば、それでも十分だが、六階層のように見通しが良い場所だと目でも十分補えてしまうので、もっと範囲が広くないと探索スキルを使う意味が薄れてしまうのだ。
「追ってくるかな……」
落ち着いたところで、里香が心配そうな声で言った。体はわずかにふるえている。
惨殺死体が周囲に散らばっている。その上に立つフルフェイスの兜で表情が分からない襲撃犯。離れた距離から、こちらをじっと見つめる。その恐怖が忘れられない。
それは冷夏やヒナタも同じだ。長年、平和な日本で暮らしていた十六歳には、刺激が強かった。
正人も彼女たちと同レベルの衝撃を受けていたが、パーティーのリーダーという立場、責任感によって、ギリギリ冷静さを保てていた。
一息つけたこの瞬間に次の一手を考えなければならない。下の階層に向かうか、他の探索者に助けを求めるか、それとも危険だが五階層の階段に向かうか……。
運命を分ける選択に頭を悩ませていると、青いマーカーが三つ、脳内に浮かび上がった。
「あいつらが追ってきた! 逃げよう!」
考える時間は終了。次の行動は決めることはできないまま、逃走を続けることになる。だが気づくのが少し遅かった。直線距離で一キロメートルを切っているのだ。探索者にとってはあまりにも短い距離で、今から行動しても遅い。
(このままじゃ逃げきれない)
里香たちは重い足を必死に動かして走り出そうとするが、正人は険しい顔をしたまま動こうとしなかった。
「正人さんも逃げましょう!」
「私はここで時間を稼ぐ。先に逃げてて欲しい」
一片の迷いもなく言いきった。
自らを犠牲にするときの決断は驚くほどに早い。
「でも!」
納得のいかない里香は説得するために言葉を続けようとするが、遮られてしまう。
「一人だったら絶対に逃げ切れる! 信じて欲しい!!」
正人は、なおも反対する里香の目をじっと見る。
数秒後、折れたのは彼女の方だった。
「……分かりました。洞窟の拠点で待っています。絶対に、迎えに来て下さいね」
「もちろんだよ。ほら、走った、走った!」
里香は最後に一度、正人の姿を見てから双子の姉妹を連れて走り出した。
もう振り返ることはない。
「姿が見えなくなるまで見ていたかったけど……そうは、いかないか」
敵はすぐ近くにまできていた。
フルフェイスの兜と金属鎧を身に着けた襲撃犯の三人を守るように、死体となったトオルたち五人が周囲を囲んでいる。傷はきれいになくなり、殺された場面を見ていなければ生きていると勘違いしてしまいそうだった。
「トオルさん……」
短気な部分はあった。正人は付き合いにくさは感じていたのも間違いないが、死んでほしいとは思ってもいなかった。
だが、今は死体となり、無理矢理動かされている。
人の尊厳を奪う行為にフツフツと怒りがこみ上げてきた。
ファイアーボールを五つ浮かび上がらせる。正人が操作できるギリギリの数だ。
さらに魔力を込めていくと熱量が増していく。
「世の中はままならないし、上手くいかないことも多い。探索者なんて使い捨て。死んでも補充できる駒なのかもしれない。でも、俺たちだって人間なんだ!! こんな風に扱われて良いはずがないんだッ!!」
正人の叫び声と同時に火の玉が操られている死体に向かう。回避行動らしき動作をしようとするが、動きが鈍く、間に合わなかった。
衝突すると勢いよく燃え上がる。
「やっぱり、完全にコントロールできるわけじゃないってことか」
スキル昇華は見ただけではスキルにならない、探索スキルは地下の情報は察知できないなど、便利なスキルほど制限がある。
正人は、死体操作のスキルを不意打ちでしか使わなかったことから、複数の死体を操作する場合は、高度な戦闘が出来るほど精密なコントロールは出来ないと予想を立てていたのだ。
トオルをスキルから解放して落ち着いた正人は、時間を稼ぐための作戦を組み立てていく。
「よし、もうちょっと粘るかな」
襲撃犯は三人。槍を持つ男がレベル三。剣を持った二人がレベル二だと仮定する。
スキルを出し惜しみして勝てる相手ではない。魔力の消費量は気にせず、生き残るためにも全力で戦う必要があるのだ。覚悟を決めて相手の出方をうかがう。
死体を盾にして近づいた襲撃犯は、正人を囲うように散開した。
ここで仕留めてから逃げた里香を追うつもりだった。
「遠距離からの攻撃を防いで接近すれば勝てると思ったのか?」
「…………」
正人が予想通り、襲撃犯からの返答はなかった。
お互いに魔力視を使って、スキルの動きを警戒しながら間合いが詰まっていく。
襲撃犯の二人が剣術スキルを使い、残りが槍術スキルを発動した。
タイミングをあわせて一斉に襲いかかってくる。
――肉体強化
――短剣術
――格闘術
それと同時に正人も三つのスキルを使用した。大量の魔力を消費するのと引き換えに、レベルが一つ上とも互角に渡り合える能力を手に入れる。レベル三の中でも上位の強さに位置するほど、その恩恵は大きい。
襲いかかる攻撃を、格闘術と短剣術のスキルでアシストされながら、襲撃犯の武器をはじき、回避していく。
「なッ!」
魔力視を使っていた襲撃者は、正人の体内で一気に使用された魔力と、レベル三と同等の動きをして逃げられたことに、驚き、思わず声を出してしまった。
「へぇ。結構、渋い声だね。さぞ、モテたんでしょうね!」
スキルを起動したまま切りつけていく。相手は左側にいた剣を持つ襲撃犯だ。両腕に腕にナイフを突き刺してから蹴ると、地面を転がって十メートルほど吹き飛ばされてしまった。
包囲が崩れた。空いた空間から逃げ出すと、距離を取って振り返る。
「二人は襲ってくる?」
挑発するようなことを言いながら、正人はスキルを解除した。
三つ同時に使用したことで魔力が著しく減ったのだ。もう、先ほどと同じようなことは出来ない。もう一度攻撃されれば、なすすべもなく負けてしまうだろう。
正人は、そういった事情を表に出さず、余裕のある態度を崩そうとしない。
「何で俺たちを襲うかね? レアなスキルを見たからか? それなら安心しろ。誰にも言わない。言っても信じられないからな」
魔力視によってスキルを切っていることは襲撃犯も分かっている。もう一度、同じことをするのは難しいことも予想している。だが、万が一の可能性を考えると、もう一度接近戦を挑もうとは思わなかった。
「お仲間は気絶しているようだ。助けなくて良いのか? そのまま放置していると死ぬぞ」
「その前に、お前を殺せば良いだけだ」
「見逃す気は?」
「ない。地の果てまで追っていく」
「せめて理由ぐらい教えてもらえないか?」
「…………スキルの目撃者は殺す。それがルールだ」
その発言を最後にして黙った。
槍を持つ襲撃犯は頭上に大きな火の玉を浮かべ、もう一人は手から矢の形をした白い光を創り出す。
魔力視によってスキルの動きを察知していた正人は、計画通りに進んでいることに内心で喜んでいた。
「跡形もなく消してやろう」
エネルギーの矢が正人の足に刺さり動きを止めると、火の玉が放たれ、大規模な爆発を起こした。地面に含まれていた水が蒸発し、泥が飛び散る。
その場に残ったのは小さな穴だけだった。
「残りは三人だ。ケガを治す時間はない。足手まといはここで切り捨てる」
指示を聞いた剣を持つ男が小さくうなずくと、エナジーボルトを倒れている仲間に放った。頭、喉、胸に三本刺さり、うめき声とともに息絶える。
死体から証拠品となる物を回収して、死体を地面に埋めていく。
後始末が終わると、襲撃犯は里香たちを追いかけることにしたのだった。






