よし、潰し合うんだっ!
「探索者は逃亡して、トオルさんが六階層にまで降りてきた。逃げ出した探索者に話を聞いて慌ててここまで降りてきたんだと思う。殺気立っているし、私たちが依頼を辞退したいと言っても、素直にうなずいてくれるとは思えない」
これ以上の脱落者を出さない。それがトオルの目的であり、正人は身動きが取れない立場になってしまった。安全を第一にした行動を選ぼうとすると、選択肢は多くない。
「ごめん。私の判断ミスだ」
正人は三人に頭を下げる。
「同意した私たちも責任は一緒です。気にしないで下さい」
里香がそう返す。
だが責任を取るのはリーダーの仕事だ。正人はその言葉に甘えるわけにはいかないと、責任は全て背負って生きていこうと決める。
「それで、これからどうしますか?」
「ここで様子を見る。襲撃犯はトオルさんに任せて私たちは見学させてもらうかな」
トオルを手伝うという選択肢もあるが、惨殺死体を見た後では、あえて戦いたいとは思わない。未成年の仲間がいるのなら、なおさらだ。
「私は探索スキルを使って監視をしているから、三人は地面にだけ気を付けて休んでほしい」
三人からは異論は上がらなかった。みんな、襲撃犯とは戦いたくはないのだ。
折り畳みの椅子を設置する。地面はぬかるんでいて座ると沈んで傾くが、それでも地面に座るよりかはマシだ。
リュックから残っていたお菓子と水を取り出すと、休憩しながらちょっとしたお茶会が開催される。
穏やかで楽しい時間が続く、変化があったのは三時間経過してからだった。
正人の探索スキルに反応がる。
青いマーカーが新しく三つ浮かび上がり、トオルの方に向かって歩いている。犯人を捜しに出ていた探索者が戻ってきたとも考えられるが、正人は人数が気になった。
もしかしたらと、可能性が脳裏をよぎる。
危険が迫っているのであれば、直接確認せずにはいられない。
「トオルさんの方に向かっている人が三人いる。もしかしたら、襲撃犯かもしれないもう一度、偵察してくるよ」
「それなら、私もいきます」
慌てて立ち上がった正人を里香が呼び止める。
再び単独で偵察に向かおうとすることを阻止したいのだ。あなた一人では行かせない。そういった強い意志を感じさせる目をしていた。
正人は「危険な場所には連れて行けない」と言いかけて口を閉じる。その言葉を発してしまえば、パーティーメンバーとして信頼していないと宣言しているのと同じようなものだからだ。
「…………泥だらけになる覚悟があるなら一緒に行こう。絶対に、私の前に出ないで欲しい」
「はい!」
里香の顔がパッと明るくなった。
今にも抱きつきそうなほど喜んでいる。
「ヒナタも行くよ! 姉さんもだよね?」
「もちろんです」
遅れてヒナタと冷夏も参加を表明した。
パーティーメンバーとして待ってばかりではいられない。二人は、レベル差があり足を引っ張っている自覚はあるが、それでも何かの役に立ちたいと思って発言したのだ。
こうして三人を引き連れた正人は、再びトオルを観察できる場所につく。
もちろん、うつ伏せの状態で隠れ、泥まみれだ。正人ほどではないが、里香たちも数メートル後ろで同じ様な体勢で待っていた。
青い三つのマーカーはゆっくりとしたスピードでトオルの居場所に近づく。数分すると正人の目でも姿が確認出来るようになった。
「やっぱり……あの人たちだ」
フルフェイスをした探索者で、木道ですれ違った相手だ。
里香たちにも状況が伝わるようにと、声を出した。後ろから息をのむ声が聞こえた。
すでに両者とも姿が見える状態で、武器を出して警戒態勢に入っている。一度戦った相手であるので、一目見て敵だと判断できたのだ。トオルが戦う意思を見せると、襲撃犯は走り出した。
トオルのパーティーは五名。人数では上回っているのだが、目の前で倒れた探索者の姿が忘れられず、正人は不安が止まらなかった。
戦闘の行く末を見守るため、里香やたちも正人の隣に移動する。
「あッ」
冷夏が短い声を上げた。
トオルがファイアーボールを三つ浮かべて放った。
魔力視でスキルの発動を予知していた襲撃犯は、流れるような動きで回避をする。しかし回避させること、それ自体が目的だった。走る勢いが弱まった隙に、部下の四人が近寄って、剣や槍といった武器で攻撃をする。
武器が光っていることからスキルを使用していることが分かるが、遠すぎるために正人が魔力視を使っても魔力の動きを見ることは出来なかった。
「すごい……」
乱戦だった。敵味方入り乱れて、斬り合っている。特にトオルと槍を持つ襲撃犯の二人は、一段と動きが速い。レベル三相当の強さであった。
トオルは槍を振るいながら、隙を突いては、矢の形をした白い光――エナジーボルトを連射する。襲撃犯は、魔力視でスキルの発動を察知すると、次々と剣で叩き落としながら防いでいく。
反撃に襲撃犯が小規模なファイアーボールを放つと、魔力視を使っていたトオルも事前に動きを察知して難なく回避する。
一進一退の攻防が続いていくが、人数差によって、襲撃犯の三人は徐々に追い詰められていった。
「死体置き場に追い詰められましたね。トオルさんのパーティーが勝ちそうです」
里香の声は嬉しそうだった。それもそうだろう。襲撃犯が負ければ、依頼は自動的に完了して無事に戻れるのだから。トオルに嫌みを言われる可能性はあるが、それだけなら許容範囲。襲撃犯と戦うよりマシだ。
しかし現実は予想より厳しい。里香の予想は当たらなかった。
トドメを刺しに槍を突き出そうとしたトオルに、黒い影が覆い被さったのだ。それだけではない、部下も同様に何者かに襲われて、身動きが取れないでいた。
その隙を狙った襲撃犯が攻撃すると、トオルたちはあっさりと全滅させられてしまう。
「ウソ……死体が動いたの……なんで……」
離れた場所から見ていた里香の目には、死体が起き上がりトオルに襲いかかった姿をしっかりと捉えていた。探索者の死体をダンジョンに放置すると、ゾンビになる。そういった話は聞いたことがない。あり得ない出来事に、里香の思考が止まりそうになる。
「スキルだ! 襲撃犯の中で強かった人が、死体を操るスキルを使った。なるほど、そういうことか……」
瀕死の探索者が偶然にも目の前で力尽きる。一人であればまだ分かるが、五人の死体を見たときに、正人は「そんな都合の良いことが何回も起こるか?」といった、違和感を覚えていたのだ。
誰かが運んできた可能性も否定できなかったため、あえて疑問を口に出すようなことはしなかった。
ようやく、偶然でも運んできたわけでもなく、全て襲撃犯が計画したことだと気づいたのだ。
「死体で探索者が逃げることを期待していた。けど、仮に失敗しても死体を使って戦力を倍増させれば、真っ正面からでも勝てる。そういった計画だったみたい……」
「死体操作みたいなスキルがあるってことですか!? そんなスキルカード、聞いたことがないです!」
とっさに冷夏が否定をした。
確かにオークションを見ても、ネットで探しても、そのような死体を操作するスキルカードの情報が出回ったことはない。常識から考えると、そんなスキルは存在しないのだ。
だが、何事にも例外はある。
「スキルカードがなくてもスキルは手に入る。レベルアップの時に覚えたんだよ」
「――ッ!」
レベルアップでスキルを覚えられることはほぼない。そんな低い確率から、さらにレアなスキルを引き当てた人間が正人だった。それがもう一人いても不思議ではない。
ただ残念なことに、人を殺すことをいとわない人間が人間を襲い、殺すためにあるようなスキル――死体操作のスキルを手に入れたのだった。
おぞましいスキルに里香は全身に鳥肌が立った。
むろん、正人や冷夏、ヒナタも同様の思いを持っている。
「なんて、凶悪なスキルなんだ……。協会にも報告しないと……」
死体操作のスキルで動揺した正人は、つぶやいたのと同時に隠密スキルが切れてしまう。
その瞬間を狙ったかのように、トオルと戦っていた襲撃犯が正人を見た。
「ヤバい! 目が合った!」
全員が一斉に立ち上がり、走り出す。
心臓が高鳴り、肺が破れそうになるが関係はない。
探索スキルに浮かび上がった青いマーカーが消えるまで、四人は走り続けるのだった。






