えええ、捕まえちゃうの!?
逃げ出しそうな心を叱咤して、正人は死体を触る。
まずは手の甲を確認。三人はレベル二で、一人はレベル一だった。レベルだけを見れば正人のパーティーより上の実力持っていたと思われる。
探索スキルには、怪しいマーカーは浮かんでいない。
だが正人の中に言い知れぬ不安が広がっていた。
荷物をあさると探索者カードは見つかるが、食料や水といった荷物はなかった。モンスターが持ち帰るはずもなく、今回も人為的な犯行であることは明白だった。
「人に襲われたのは間違いなさそう」
嫌悪感に満ちた顔をした正人が立ち上がると、数歩離れて様子をうかがっていた里香たちを見る。
「そうすると……」
「やっぱり最初に会った人は、見逃されたんだね。襲撃犯の死体どころか痕跡すらないから、実力差は大きかったんだと思う。一人で逃げ切れるとは思えない」
不意を突いて攻撃したとしても探索者五人を一方的に攻撃して勝てるのであれば、正人のパーティーを全滅させる実力は持ち合わせている。
実際に戦えば勝敗は分からないとはいえ、この任務の危険性がさらに高まったのは間違いない。撤退の二言が脳裏に浮かぶ。
想像していたより高い戦闘能力があり、正人は守り切れる自信がなくなっていた。
「大丈夫ですか…?」
三人とも怯えたような目をしているが、正人が依頼を続けると言えば、素直に従うほどには信頼している。経験は浅くもろい部分もあるが、正人を中心とした一つの集団として機能し始めているからこそ、正人の決断は重い。
自分だけではなく三人の命を背負っていることになる。
彼女たちの顔を見て迷いはなくなった。
「トオルさんには悪いけど、この依頼は放棄しよう。僕たちには早すぎる」
信じてついてきてくれるからこそ、必要のない場所で命をかけてはいけないのだ。初志貫徹、コストの回収……そんなものはどうでも良い。臨機応変に考えを変えるべき場面だ。
トオルが指摘する通りに確かに経験は必要だが、今すぐ手に入れなければいけないものでもない。正人は探索者であればモンスターと戦うことに挑戦するべきだろうと判断した。
方針を決定した正人は、手に入れた四枚の探索者カードをリュックに入れて、来た道を戻る。後は帰るだけだ。先ほどより気持ちは軽くなっていた。
しばらく進むとレーダーには赤いマーカーが三つ浮かぶ。このまま進むと遭遇する場所にいる。一秒でも早くダンジョンから逃げ出したい正人は、迂回するつもりはなかった。
周囲は見通しが良く遮蔽物はないため、残念ながら隠密のスキルを使っても奇襲は難しい状況であるため、仕方なく正面から戦うことに決める。
「近くにモンスターがいるけど数は少ない。倒して進もう」
後ろを振り返って指示を出してから、返事を待たずに前を向いて歩く。
すぐに二足歩行をした犬――コボルトが見えてきた。レベル一の探索者が一人だと厳しいが、二人であれば十分戦える強さだ。
二匹は片手剣をぶら下げていて、体格の良い一匹だけが大剣を肩に担いでいる。
「大剣のコボルトは担当するから、残りは任せてもいい?」
「はい!」
元気よく返事をした里香の声が耳に届くと、正人は全力で走りだした。
両手には黒光りするアダマンタイト製のナイフがある。頑丈さが取り柄で重い武器だが、今回のような相手には心強い武器だ。
「ガンッ!!」
コボルトが上段から振り下ろした大剣を左手に持つナイフで受け止めた。
もっと楽に倒す方法もあるが、今回は時間が惜しい。
――肉体強化。
スキルを使うことにしたのだ。
全身の力が高まり、片手で受け止めた大剣を軽々と弾き飛ばした。
唖然とした表情をしたまま硬直しているコボルト。その隙を狙って正人は両眼を突き刺す。
「ギャインッ!!」
転がってのたうち回るコボルトにナイフを突き立てて止めを刺すと、正人は里香たちの状況を見る。
里香が二匹の攻撃を受け流しながら、ヒナタがレイピア、冷夏が薙刀でそれぞれを攻撃をし、さほど時間はかからずに倒すことができた。
「お疲れ様。魔石の回収したら、ここで待っててもらえるかな」
軽く拍手をしてから、正人は指示を出した。
「それは良いんですが……何かありましたか?」
モンスターを倒したというのに正人の表情は厳しいまま。
里香の疑問に答えるつもりはなかった。
「気になることがあってね。ちょっと先行して偵察をしてくるよ」
戦闘が終わって探索スキルのレーダーを確認すると大きな変化があったのだ。
正人たちが待機していた場所。五階層へ向かう階段がる広場に浮かんでいた青いマーカーが、慌ただしく動いていた。
「何かがあったのかもしれない」
焦る気持ちが止まらない。急いで駆けつける。
――隠密。
スキルを使ってから、うつぶせの状態になる。泥まみれになりながらも、騒動の中心を観察する。
「マジか……」
正人は素が出てしまうほど驚く。
探索者の死体が増えていたのだ。その数は五。横に並べられている。
変化はそれだけではない。探索者の総数が減っていたのだ。残っているのはパーティー一組、三人しかいない。正人が抜けた後も、十人ほどいたので半分以下に減っていることになる。
「やっぱり、逃げ出したんだろうな……」
ゾンビのようにヨロヨロと歩き、目の前で力尽きる探索者を見てしまえば、恐怖に負けて逃走するのも無理はない。
正人も、あの場にいたらもっと早く撤退を決めて逃げ出していただろう。事態が急変していることを確認したところで、戻ろうとしたところで動きが止まる。
新たな集団が階段から降りてきたのだ。
「あっ」
その集団の先頭にいたのはトオルだった。
残っていた探索者に近づくと、胸ぐらをつかんで怒鳴っている。相手も無抵抗ではない。当然のように反抗する。
しばらく罵り合うと、トオルが探索者を殴りつけて拘束してしまった。
苛立つトオルは、残った部下に荒っぽく指示を出すと、並べられた死体を端に寄せて布をかぶせた。捕まえた探索者も同じ場所に放置する。
これから戻ってくる探索者が恐怖によって逃げ出すことはなくなるだろうが、そもそも大きく数を減らされているため、そんなパーティーが今も生き残っているのかどうかすら分からない。
その後もトオルたちは四階層に戻ることはなく、周囲の警戒を始める。
この場所を無人にするわけにはいかないとの判断だった。
正人はこれ以上新しい動きがないことが分かると、ゆっくりと後退していき、離れてから立ち上がる。三人が待つ場所まで戻った。
「正人さん!? 何があったんですか!!」
泥まみれの正人を見ると、里香が目を見開き驚きの声を上げた。
「ちょっと階段前の場所を偵察してきたんだ。隠れる場所がなかったから、ほふく前進したら、こんな姿になっちゃった」
「笑い事じゃないですから! せめて、顔ぐらいはきれいにしてください!」
「あ、は、はい」
笑ってごまかそうとした正人をしかりつける里香がハンカチを取り出すと、顔についた泥を丁寧に拭っていく。
正人は気まずさから冷夏とヒナタを見る。
からかうような笑みを浮かべていたので、顔が赤くなってしまった。
「も、もう大丈夫だから」
「遠慮しなくてもいいんですよ」
正人は里香の反論を無視してハンカチを無理やり奪い取ると、泥が残っている部分を自分で拭いていく。
「洗濯してから返すよ」
使い終わったハンカチを、ねじ込むようにしてポケットに入れる。
これ以上、話がそれてしまったらマズいと感じた正人は、里香が返事返事をする前に、見てきたことを離すことに決めた。
「何が起こったのか話すから、ちゃんと聞いてほしい」
先ほどまで緩い雰囲気がいっきに変わり、三人は続きを待つことにした。






