蟻人族の巣……か
「やっぱりお前は甘いな」
殺せるときに殺さなかったことを責めるような口調でユーリが言った。
美都を狙った相手であるため、今からでもトドメを刺したい気持ちは残っているが、正人の判断を尊重して手は出していない。怒りを収めて文句だけを伝えたのである。
「命令されているだけの人の命を奪っても意味はありません」
「きれい事だが一理ある。本命は豪毅だ。こいつが死なない限り、探索者が使い捨てられる現状は変わらない」
「……そうですね」
里香や美都を狙うように指示を出したのは豪毅である。ノートパソコン経由の会話からでも確定した話だ。
彼の考えを変えるか、権力もしくは命を奪うかしない限り、狙われ続ける。
であれば正人も慈悲をかける必要はない。もしこの場にいたら『毒霧』によって骨まで溶かして完全に殺していたことであろう。
「今回の件をネットに流して豪毅の責任を追及させる空気でも作るか?」
「……止めましょう。美都さんのスキルまでも公になる可能性があります」
隠したいことがあるのはユーリたちも同じだ。世界が『強奪』スキルの存在を知れば、探索協会だけじゃなく他の組織も狙ってくる。これは間違いない。
また今はオーストラリアで蟻人族と戦っているはずの正人たちが日本にいると知られてしまうのも問題だ。
各国は精鋭を送って命懸けの戦いをしている最中なのに、逃げて手を抜いているとわかれば非難は避けられない。日本最強の探索者という地位は転落して、信用を完全に失う。絶対にバレてはいけないことであるため、今回の事件についてはお互い極秘裏に処理するべきだという考えだけは一致していた。
「そうだな。悔しいが蟻人族の問題が解決するまでは放置するしかないか」
「ですね」
同意してから正人は皮膚が溶けて筋肉がむき出しになった伊織を見る。空気が触れるだけで刺すような痛みを感じていて、意識を取り戻しては苦痛でまた気を失うということをしていた。
地獄のような苦しみを経験しているとわかり、正人は溜飲を下ろす。
そろそろいいだろう。
体に触れて『復元』のスキルを使って皮膚を再生させた。
「お優しいことで」
「……帰りましょう」
嫌みを無視すると正人は失血によって気絶したままの誠二に触れた。
魔力を行き渡せているとユーリが背中を掴んでくる。
「俺も連れて行ってくれよ」
「わかってますって」
わりと本気でユーリを置いていこうとしていた正人ではあったが、諦めて『転移・改』を発動させて三人はセーフハウスへ戻った。
そこにはすでに解放された里香たちの他、美都、鬼人族のレイア、サラ、二人の弟までいる。
親しいメンバーが全員無事でいる。そのことに正人は安堵を覚えたが、再会を喜んでいる暇はない。
携帯電話が鳴り響いたのだ。
豪毅からではない。衛星通信によって他国のリーダーからメッセージが来たのである。
『マザーの居場所を突き止めた! 突撃を行う。マップを送るので参加できるメンバーは明日の12時に集合してくれ』
探索協会の騒動に巻き込まれている間、他国がたどり着いたのである。
送られてきた情報は正人とユーリが見つけた食料庫の奥に行ったところにあった。
人類が協力すればマザーは倒せる。正人は勝率が高まったことを感じたが、邪魔をする存在が現れた。
セーフハウスに設置していた警報器がけたたましい音を発したのである。
監視カメラにつながっているモニターを見ると、顔を隠した男が数人確認できた。
「もう、ここを嗅ぎつけやがったようだな」
ユーリは吐き捨てるように言うと、短槍を手に持つ。
「他に安全な場所はあるか?」
「セーフハウスは一つだけです」
街中に設置されている監視カメラの情報は、警察経由で探索協会もリアルタイムに見れるため、全員が安全な場所に転移するのは難しい。
人と監視カメラの目がない場所を探すには時間が足りず、今すぐ『転移』で逃げられる状況ではなかった。
「俺が外に出て時間を稼ぐ」
「待ってください!」
飛び出しそうだったユーリを里香が止めた。
「脱出口があります。まだ見つかってないようなので、そっちに行きませんか?」
「どこにつながっている?」
「下水道です。そこに入ってしまえば、正人さんが転移先を決める時間が取れるかと思います」
「どうなんだ?」
話を振られた正人は、時間が取れたとして安全な場所があるのか考える。
日本国内はダメだ。北海道で見つけたダンジョンも安全とは言いがたい。
国外には行ったことがないため残りの候補と言えばオーストラリアぐらいになる。
「蟻人族の巣……か」
探索協会の手が及ばない場所だ。巣の中でも敵が少ない場所はある。
「悪くはない選択肢だな。ダンジョンよりかは安全だし、食料は正人が調達すりゃあ何とかなるってか。寝る場所はテントと寝袋を手に入れれば何とかなるだろうし、ネズミみたいに下水道でコソコソするよりかはマシだと思うぜ」
思いつきで言ったアイデアにユーリは賛同を示した。里香や冷夏、ヒナタもうなずく。
「日本が信用できないなら、そっちに行きましょう」
「私も賛成ー!」
「俺は正人の兄貴についていくぜ」
「僕も兄さんに任せる。仮に失敗したとしても恨まないから気にせず決めていいから」
レイア、サラ、烈火、春も続いて全員が賛成をした。
ドアを削るような音が聞こえてきて、これ以上の議論をする余裕はない。
正人は全員を集めると『転移・改』を使ってオーストラリア大陸へ移動することにした。
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小説とは違う面白さがあると思うので、こちらも読んでもらえるとうれしいです!
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