借りを返しただけです
――ファイヤーボール。
伊織の頭上に火の玉が出現した。攻撃がくると警戒したユーリであったが、すぐに勘違いだと気づく。
止めようとしたが間に合わず、火の玉は伊織の体を包んで焼いてしまった。
拘束していたアラクネの糸がボロボロと崩れていく。耐久度の高い糸ではあるが、熱には弱かったのだ。
火傷をしている伊織は『自己回復』によって傷を癒やす。豪毅から様々なスキルカードを提供してもらったこともあって、貴重な回復系のスキルも覚えていた。
「紅を傷つけたお返しをしないとな」
――身体能力強化。
スキルによって伊織のベースの能力が上がった。接近して蹴りを出しながら、手に持った拳銃を至近距離から放つ。息をつかせぬ攻撃に、『復讐者』によって強化されたユーリも押されている。
目の前のことしか対応出来ず、紅を誠二の方に行かせてしまった。
「気をつけろ!」
ユーリの警告がギリギリ間に合った。
倒れている探索者を無力化している誠二が顔を上げると、紅の靴の裏が迫っているのに気づく。
慌てて横に転がって回避し、立ち上がると今度は拳が近づいてくる。誠二は受け流すと腕を取って投げようとするが、足を刈られてしまって逆に転倒してしまう。追い打ちが来そうだったので素早く立ち上がって態勢を整える。
――ストーンジャベリン。
石で出来た槍が誠二に向かって飛んできた。
防御系のスキルを持っていないため体を傾けて回避をする。胸に当たって服が破け、女装に使っていた詰め物が吹き飛んだ。
「へぇ、いい体しているじゃない」
舌を出した紅は自らの唇を舐めた。敵を前にしても己の欲望を優先してしまうのは悪いクセだ。
上半身が裸になっても気にせず、誠二は拳を構える。近くに探索者が持っていた拳銃は落ちているが、殺すつもりはないので使うことはない。
普段であれば褒められる行為かもしれないだろう。しかし相手は裏の仕事をしてきた探索者だ。慢心とも油断とも言える行為である。
紅は胸の谷間に隠していた単発の小型銃を取り出した。
誠二に銃口を向ける。
「降参するなら撃たないであげるけど?」
「そんなオモチャで俺が怯むとでも思ったのであれば侮りすぎだぞ」
死が近く感じても誠二は怯まない。慌てて冷静さを失うこともなく、ユーリを見る。伊織と激しい戦いを繰り広げていた。助けは期待できそうにない。
視線を前に向ける。
「負けを認める?」
「断る」
――貫通強化。
パンと乾いた音がした。小型の銃からは煙が上がっていて、誠二の腹から銃弾が抜けていった。本来であれば強化服によって止められていたはずなのだが、スキル『貫通強化』によって突破されてしまったのである。
口から血を吐き出し、貫通した腹を押さえる。
「あら、いい男になったわね」
嗜虐心が芽生えてきた紅は舌なめずりをするが、誠二が笑っていることに気づいた。
攻撃が来るかもしれない。警戒していると背後から空気の動きを感じる。
振り返ると、『転移』スキルで戻ってきた正人が立っていた。
――怪力。
増幅された力によって紅は腹を殴られた。
体は吹き飛び壁に当たると倒れ込んだ。肋骨は何本か折れていて内臓も損傷している。咳き込みながら血を吐き出して、痛みによって動けていない。意識を失っていないのは、痛みに慣れているからであって、常人であれば気絶しているはずだ。
正人は追撃をすることはなく、誠二に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「ええ……と言いたいところですが……あはは、やられちゃいました」
血が流れ出ていて顔色が悪くなっている。
すぐにでも手当が必要だ。『復元』スキルによって回復させようとするが、誠二が覆い被さって中断してしまう。
その直後、銃弾が近くを通過していった。
伊織がユーリと戦いながら攻撃してきたのだ。
気づかなければ正人の頭を貫いていたことだろう。
「ありがとう」
「借りを返しただけです。気にしないでください」
強がって言ってから、失血によって意識が混濁してしまい誠二は意識を失った。
正人はすぐに『復元』によって傷を塞いだが、起こすことはせず、横にしたままにしておく。
状況は伊織にとって圧倒的に不利だ。
仲間は全滅していて、ユーリで手こずっているのに正人まで参戦してきている。
「負けを認めてください!」
「断る!」
攻撃を止めて『障壁』で守りに専念している伊織は『隷属』スキルによって勝つまで戦わなければならず、ユーリと戦っている最中にノートパソコンは破壊され、命令を止めることすら出来ない。
「正人、覚悟を決めろ」
距離を取ったユーリが冷たい声で言った。
何を期待しているのか具体的なことを言わずともわかる。
スキルで殺せ、と伝えたのだ。
「わかりました」
覚悟はとうの昔に決めている。正人はゴクリとツバを飲み込み手を前に出す。
――毒霧。
酸性の霧が伊織を囲い込むように発生した。『障壁』によって守られてはいるが、徐々に溶けていく。魔力を注いで修復はしているが、すぐに魔力が底をついて『障壁』が溶けてしまい、肌を焼いていく。
「ぐっ」
最後のプライドで叫び声は上げなかった。
髪、筋肉まで焼かれて激しい痛みに晒されて気絶する。
伊織は死を実感しながら気を失う直前に、正人の履いている靴が見えた。
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小説とは違う面白さがあると思うので、こちらも読んでもらえるとうれしいです!
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