それは困る
追跡は数時間にも及んだが、マザーの居所には辿り着けなかった。三つ目の食料庫を発見しただけで大きな進展はない。
追跡していた運び屋やロイヤルガードも食料庫で休憩を取ってしまい、正人は仕事を中断すると決める。
――転移。
スキルを使ってマンションに戻った。
リビングへ入ると誰もいない。電気の消えた静かな室内だけがある。
春と烈火は学校に行っており、里香たちはトレーニングルームで汗を流しているのだ。
正人は今後についてどうするか悩んでから、同じフロアにいるユーリの部屋の前に移動した。
インターホンを鳴らすと数秒してからドアが開いて美都が出迎えてくれる。
「お帰りなさい。ユーリは寝ているわよ」
「途中経過を報告に来ました。起こせますか?」
「いいわよ。中に入って待っててもらえるかしら」
許可が出たので正人は中へ入った。
部屋の作りは同じだ。短い廊下を歩いてリビングへ入るとカーテンが閉まって薄暗かった。
テレビはニュースが流れていて、東京都の地図にモンスターが出現している場所が記載されている。23区内はさほどいないが、都下になると急激に出現数は増加する。
人的被害は減るどころか増えていて、自衛隊を投入してもギリギリ日常生活が送れるレベルだ。
ここに蟻人族が大勢攻め込んできたら均衡は完全に崩れるだろう。
正人はテレビを見ながらソファに座ってユーリを待つ。
30分過ぎたがやってこない。
疲れすぎていて起きられないのだろうかと思い始めていると足音が聞こえてきたので、正人が振り返ると服の乱れた美都と髪がボサボサになっているユーリがいた。首にはキスマークが付いていて、何をしていたのか正人は想像できてしまう。
「二人で何をしていたんですか」
「いいことだよ」
何やらスッキリとしたユーリが正人の正面に座った。フローリングの上だ。あぐらをかいてニヤリと笑っている。
「そういうのは仕事が終わってからにして下さいよ」
「休憩中だったんだから別にいいだろ。もしかして羨ましいのか?」
「ええそうです……じゃなくて! 経過報告に来ました」
「マザーの居場所でも見つけられたか?」
「残念ながら未発見です。ただ三つ目の食料庫を見つけたので、そう遠い場所にはないと思いますが……」
三つも食料庫を見つけているのだ。そろそろマザーの居所が見つかってもおかしくはないと、正人は期待している。
「そうか。それじゃ追跡を続けるか」
「待ってください。その前に確認したいことがあるんです。ユーリさんは本当に日本から出ていくつもりですか?」
スキルカードコピーの存在によって、正人たちは海外へ逃げる選択をとると決めている。
だが正人だけは日本を見捨てていいのか、まだ悩んでいるのだ。
優柔不断と言われてしまえばそれまでだが、ユーリは笑う気にはならなかった。
「復讐を一時中断してでも美都の安全を守る。俺は海外へ行くぞ」
ユーリの考えはブレない。他人を犠牲にしてでも残った僅かな大切な存在を守ろうとしているのだ。
「それは困るな」
三人しかいない部屋に四人目の声が聞こえた。
里香や冷夏、ヒナタといった仲間のものではない。
正人は装備したままだった二本のナイフを抜いて構え、ユーリは美都を抱きしめて声の主から距離を取った。
新たにいたのは豪毅だ。近くには耳や唇、鼻に大量のピアスを付けている紅と顔に刺青を入れている坊主頭の伊織が立っている。
見知った顔はいるが正人は警戒を解かない。
「どうしてここに?」
「鍵が開いていたから入らせてもらったよ」
豪毅は悪意のある笑みを浮かべていた。
苛立ったのは正人でない。ユーリは駆け出して殴りつけようとしたが、伊織が受け止めカウンターの蹴りを腹に当てる。
ユーリは後方に飛ぶことでダメージを軽減させていたが、相手が高レベル探索者だとわかって動きを止めた。
睨み合いが続く中、豪毅が口を開く。
「冗談だよ。聞きたいことにはちゃんと答えてあげよう。我々は君たちが日本へ戻っていることに気づいていたから、マンションに盗聴器を仕込ませてもらったんだよ」
報告にない行動をした正人を怪しんで、豪毅が命令をしたのである。
元から完全には信用されていなかったのだ。
「……どうやって気づいたので?」
「君たちに支給した衛星通信の携帯電話にGPSを仕込ませてもらった」
「相変わらず汚えことをするな」
鋭い目をしてユーリは睨みつけているが、豪毅は気にしていない。
その程度の敵意で怯むような男ではないのだ。
「マンションの周りにも探索者が大勢いる。逃げ道はないぞ」
「本当にそう思いますか?」
「転移スキルで一人だけ逃げるか? それとも仲間も連れて行くか? できるならやってみるがいい」
仲間全員が日本に戻っていると知っている豪毅は、正人が集団転移するスキルを覚えていると気づいている。
それでも余裕の態度を崩さないのは、無条件で転移できるほどスキルは万能ではないとわかっているからだ。
接触もしくは視界に入れるといった条件があるはずだと予想しており、すぐに動かない正人を見て自身の考えが間違っていないと確信していた。






