勘違いだ!
十分な睡眠をとった正人はベッドで目覚めた。
ユーリと約束した時間まで余裕がある。
ダイニングに移動するとコーヒーとパンの焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
視線を台所へ向けると里香が料理をしていた。今はベーコンを焼いていて目玉焼きまで作る予定だ。
恩人であり好意を持つ相手が疲労困憊になりながらも戦い続けている姿を見て、自分なりに何か手伝えないかと思って朝食を作るのに至ったのである。
「おはよう。里香さんは家に泊まってたの?」
「はい。リビングのソファをお借りしました」
同じマンションに住んでいるので自分の部屋へ戻ることもできたが、正人が起きた時にすぐご飯を食べられるようにと、リビングで泊まったのだ。
無論、弟の二人には許可をとっている。
その時に春が生暖かい目で見ていたのは里香も気づいていたが、恥ずかしいので無視することにした。
正人はダイニングテーブルにある椅子へ座ると、料理をしている里香を見る。
「朝早くからありがとう」
「今のワタシにはこのぐらいのことしかできませんから」
「役割分担をしているだけだよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいのですが……やっぱりダメですね。ただの自己満足なので正人さんは気にしないでください」
頑固だなと思いつつも嫌な気持ちにはならない。正人は黙って里香を見ることにした。
ベーコンが焼き上がったのでパンの上に乗せると、里香は卵を割ってフライパンに入れると水を投入。蓋をして蒸していく。
やりすぎてしまうと黄身が完全に固まってしまうので、タイミングが重要だ。
フライパンの蓋はガラスになっているので、蒸し加減がわかるようになっている。里香は注視しながら卵の変化を確認していく。
一分ほど経過しただろうか。そのぐらいのタイミングで蓋を開けると湯気がもわっと出てきた。シリコン素材のフライ返しを使って目玉焼きをすくうと、パンの上に乗せた。
焼き加減はちょうどいい。黄身は半熟でとろりとしている。
さらにソースをかけて完成である。
皿を持って行ってダイニングテーブルに置く。
「ありがとう」
礼を言った正人は手で持って目玉焼きとベーコンが乗ったパンを食べる。サクッと音を立てて、最初に感じたのはソースの味だ。続いてとろりとした黄身がベーコンの塩気を包み込む。熱で少し焦げたパンの香ばしさが鼻をくすぐり、噛むほどにベーコンの脂がじゅわりと広がって、黄身と混ざり合いながらまろやかな甘みを生み出す。
空腹だったこともあって一気に食べてしまった。
「お代わりいります?」
「うん。お願い」
弟用にパンとベーコンは焼いてあったので、目玉焼きを焼いてからソースをかけて、里香は再び正人の前に置く。
二度目も焼き加減は最高だった。
半熟の黄身の甘みが絶妙で、正人の満足感を高めてくれる。
一心不乱に食べるとようやく空腹が収まったので、背もたれに寄りかかって息を吐いた。
「は~~。お腹いっぱい。ごちそうさま」
「どういたしまして。満足してもらえて嬉しいです」
正人の満足する姿を見て里香は嬉しかった。
「今日はこれからどうするんですか?」
「あと数時間でユーリさんが合流ポイントに戻ってくる予定だから、もう少しで蟻人族の巣へ行くよ」
「そうなんですか」
もう少し二人の時間を過ごしたい。里香の喉まで出かかった言葉だ。
人類の期待を背負って日本を出た探索者とは思えない考えだ。
少なくともマザーを倒すまでは口に出してはいけない。
それは里香もわかっているのだが、どうしても気持ちが溢れ出しそうになってしまう。正人の家に二人だけという環境は、それほど彼女にとって大きいのだ。
一緒にいたい、触れ合いたい。
普段は蓋をしている里香の気持ちが膨れ上がっていく。もう限界だ。
「ワタシも巣に行きましょうか?」
「敵が多くて見つかる危険が高い。もう少し巣の状況が見えてからじゃないと」
「そうですか……でしたら、マッサージしましょう!」
ようやく正人は里香がいつもと違う雰囲気を出していることに気づく。
手をわきわきと動かしながら近づいてきたので、立ち上がった正人は後ろに下がる。
「どうして逃げるんですか?」
「なんでだろうね?」
直感が危ないと教えてくれているだけで、正人自身は逃げる理由を言語化できていない。
ただ捕まったら最後、関係が大きく変わってしまうという予感があった。
「大丈夫です。痛くしませんから」
「ほら、でももう行かないと」
「まだ時間があると言ったじゃないですか。嘘だったんですか?」
「いや、違うけどさ……」
「だったらいいじゃないですか。気持ちいいですよ」
全力で逃げるのも悪いと思った正人はさらに一歩下がると、後ろはソファだった。仰向けに倒れ込んでしまい、その上に里香が乗る。
押さえつけられて正人は動けない。
顔が近づいてきて里香の髪が触れる。
ガチャリ。
ドアが開いた。出てきたのは烈火だ。
「なななななな何をしているんだ!?」
里香が正人を押し倒している姿を見て、烈火は顔を真っ赤にさせながら指をさしていた。
興奮によって指は震えている。
「勘違いだ!」
「よくそんなこと言えるな! 正人の兄貴だけズルい!!」
モテない同盟を一方的に破棄されたと、烈火は憤慨している。
胸ぐらを掴む勢いで近づいてきたのだが、里香が立ち上がって止める。
「烈火君……」
里香が本気で怒っている顔を、烈火は初めて見た。
先ほど見た光景なんて吹き飛んで顔が引きつる。
「お、おう」
「よくも邪魔をしてくれたね。許さないよ」
里香は拳を振り上げて殴る姿勢だ。レベル差があるので本気なら、烈火は無事じゃ済まない。
正人はとっさに里香を抱きしめて止めることに成功した。
「暴力はダメだよ!」
「そ、そうですね! ダメですよね!」
抱きしめられて正人成分を補充できた里香は、邪魔をされたことなんてどうでもよくなっていた。むしろきっかけをくれた烈火に感謝をするぐらいである。
残された烈火は、複雑な気持ちで二人を見ていた……。
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