覗きに使ったらダメだよ
翌日には誠二は烈火が待つマンションにやってきた。
正人は里香の部屋に行って姿を隠している。他のメンバーも似たような状況だ。オーストラリアへ行っていることになっているため、誠二と会うことはない。
烈火は部屋のリビングへ案内すると、ジュースを用意してソファに座ってもらう。
「悪いね」
テーブルに箱を置いた誠二は、気軽な様子で出されたジュースを飲んだ。
ほんのりと酸味を感じる。炭酸が効いていて喉越しがよい。
さらに烈火はカステラまで出した。
暗視スコープだけを渡して終わると思っていた誠二は意外に感じる。
「僕は嫌われていると思っていたけど?」
感情の機微について察することが得意な誠二は、烈火に嫌われていることぐらいは気づいていた。雑に扱われることも覚悟していたのだが、彼なりに考えた丁寧なもてなしをされて内心で驚いている。
「こっちは頼み事をしている立場だ。モテる男が気に入らないぐらいで、粗雑な扱いはしねーよ」
顔が怖く荒っぽい性格のため女性に避けられている烈火は、モテる男にコンプレックスを抱いている。女性に囲まれてハーレムパーティまで築いていた誠二は、気に入らない男代表であった。
だがそんな個人的な感情なんて、尊敬している正人の依頼の前では関係ない。嫌悪感なんて抑え付け、お客としてもてなすぐらいの対応はできるのだ。
「あはは! 僕ってそんなことで嫌われてたの?」
「うるせーな。こっちは深刻なんだよ」
「まあ、悩みの重さは人それぞれか。僕だって似たようなもんだしね」
正人と合同パーティを組んで特殊オーガと戦った際、誠二は何もできなかったどころか、里香へ弓を向けてしまった。しかも自分では何もできず、見下していた正人に助けてもらう結果となる。
順調に積み重ねてきた探索者としてのプライドは粉々に砕け散って、いっときは正人へ逆恨みしたこともあったが、時間を経過した今は過去の行いを反省している。
暴走した里香へ弓を向けて攻撃したこと。
正人を侮って接していたこと。
油断して全滅しかけたこと。
それらを罪の意識として感じていた誠二は、烈火の依頼に応えたのである。
「それで暗視スコープを持ってきたけど、これって探索者用だよ。免許を取った後に烈火くんが使うのかな?」
「ま、まあな」
嘘が苦手な烈火の反応を見て、裏に正人がいると確信した。
「こんな世界になったというに相変わらずだね。正人さんのおかげかな?」
地上にモンスターが出るようになって、誠二は何度も討伐に参加した。その時に悲惨な光景を見て心を痛めたことや、安いお金で命を削っている事実に苦悩したりと、順調に世間の洗礼を受けてしまっている。
探索稼業を優先しているため、高校にも行けていない。
心がスレてしまった誠二は、学生らしい性格を残している烈火が眩しく思えた。
「間違いないな。兄貴が居なけりゃ俺なんかゴブリンかオークに食われて死んでいたんじゃねーかな」
「烈火くんの無謀な性格を考えると、確率として高そうだ」
「うっせーな」
お互いに穏やかに笑った。
何気ないやり取りではあったが、誠二の心は癒される。依頼を受けて良かったと思っていた。
「一つ謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「なんだ?」
穏やかな雰囲気に、不穏な空気が混ざった。
烈火も正人から事情を知らされているため、もし誠二が裏切って探索協会と繋がっているようであれば、このマンションから出すつもりはない。
軟禁でもして捕まえるつもりであった。
「協会に形跡を辿られると嫌かなと思って、中古品を用意したんだけどいいかな? 気になるなら、これから新しいのを買いに行くけど」
新品は探索協会直営のショップで買わなければ手に入らないため、誠二は個人が経営しているショップで購入したのだ。これなら大した記録は残らないので、調べたとしても正人へたどり着くのには時間がかかるだろう。
「なんだそんなことか。焦らすんじゃねえ。動くなら中古で問題ねーよ」
一瞬でも疑ったことを後悔した烈火は、ばつの悪そうな顔をしていた。
誠二は箱を開けて暗視スコープを取り出す。目の部分が双眼鏡のように飛び出していて、ヘルメットと一体化している。アゴ紐をつければ激しい動きをしても取れることはないだろう。
ヘルメットの部分には細かい傷が付いていて、何度も使用されたことがわかった。
「ちょっとした光源があれば地形や生物の形はわかるけど、色とかは判別できない。モノクロみたいな映像だけど、つけてみる?」
「おう。試させてくれ」
部屋の電気を消してカーテンを閉めた烈火は、ヘルメットをかぶって暗視スコープを下ろす。
調整のため一瞬だけ真っ白になったが、すぐに物の形がわかるようになり、視界が二色の世界になった。
「おお! こりゃ便利だ」
「覗きに使ったらダメだよ」
「あ、あたりめーだ」
一瞬だけ脳裏によぎったため、烈火は少しどもって返事をしてしまった。
誠二は笑っていて、暗視スコープ越しからでもわかる。
試しに電気をつけてみても、一瞬だけ画面が白くなるだけですぐに視界が戻った。探索者用ということもあって高性能だ。烈火は満足して暗視スコープを外す。
「これで問題ない。ありがとな」
「役に立ててよかった。正人さんによろしく言っておいて」
「おう! あとは代金だな」
分厚くなった封筒を烈火は誠二に渡すと、確認せずにバッグへしまわれた。
「数えなくていいのか?」
「信用しているからね」
これで少しでも借りを返せたならいいなと、誠二はそんなことを思いながらマンションを出て行った。






