気をつけてください
「恩赦の約束すら守らないんだ。まともに交渉できる相手だとは思わない方がいい。ここぞというときに裏切るぞ」
蟻人族によって人類の危機が訪れているのにもかかわらず組織の体質が変わっていないため、ユーリは探索協会を全く信じていない。
生活の保障なんてしてくれるはずないと、確信を持っている。
楽観的な夢を見るなと伝えたかったのだ。
「ユーリさんの言いたいことは分かりましたが、私たちにも武器はあります。異世界の情報を小出しにすれば、相手だって悪いようにしないのでは?」
「やってみればいい。それでも裏切られて終わるだけだ」
決して考えは押しつけない。警告はしたのだから最後は自分で決めろといった態度で、ユーリは黙り込んだ。
「貴重なご意見ありがとうございます。もうしばらく考えさせてください」
「好きにしな」
後は任せたと正人に視線を送ってから、座席を倒してユーリは目をつぶった。目的地に着くまで睡眠を取ることにしたのだ。他人への興味が薄い美都も同じく眠りにつく。
自然と会話は終わった。
「私たちも休みますね」
里香や冷夏、ヒナタも戦闘前の休息を取ることにした。
二人だけになりたいレイアとサラは、離れた席に移動すると小声で話し合う。
残った正人は窓を見る。
モンスターの姿はなく、護衛の戦闘機が視界に入った。
道のりは順調だが心配事は多い。一つ、一つ丁寧に解決して前に進むしかなかった。
◇ ◇ ◇
不安を抱えたままオーストラリア上空までやってきた。マザーがいる場所は不明だ。レイアは「どこにでも地下に巣を作る」と説明しており、予測すら難しく頼りにはならない。
都市だった場所は蟻人族が多く徘徊していて侵入すればすぐに見つかってしまう。また敵は圧倒的に数が多いため、囲まれたら逃げられない。隠れる場所の少ない平地も避けた方が無難だ。
そういった事情を考慮して、雲の上を進む正人たちは、海岸から離れた南東部にある山脈のある場所で降下すると決めた。
降水量が少なく乾燥している不毛の大地で、生命活動がしにくい。そのため蟻人族もほとんど居ないだろうと考えて選んだのだが、飛行機が着陸できる場所はないため工夫が必要だ。
目的地付近に到着すると、パラシュートとゴーグルをつけた正人が里香たちに声をかける。
「行ってきます」
「気をつけてください」
里香の返事に軽くうなずいて、正人は『転移』を使って外へ出た。
髪の毛をなびかせながら落下している。
すぐに雲の中に入って視界が真っ白になった。肌が出ている顔が寒い。
しばらく耐えていると雲を突き抜けて大地が見えてきた。事前の資料にあったとおり、土がむき出しになって乾燥している。荒れた大地だ。日本のように木々が生い茂って、生命力が溢れた場所ではない。
遠目からでは蟻人族の姿は見えない。
山脈が近づいてきた。
正人はパラシュートを開くと、空気の抵抗を受けて落下スピードが急速に落ちた。事故は起きずゆっくりと山脈に向かって左右に動いて操作する。
「思ったより順調…………!?」
太陽の光を反射した物体が急速に近づいてきた。
発射場所は数十キロも離れているため、正人からは見えない。気づけたのは運が良かったのだ。
狙いは正確だ。体を貫く軌道をしている。
防御系スキルを使ったところで破壊されてしまうだろう。守りに入るのは悪手だ。逃げのパラシュートを操作して回避すると、近くを巨大な矢が通り過ぎていった。
一息つく暇はない。正人は『視野拡大』のスキルを使って周囲を警戒すると、別の場所から第二射、三射が迫っていたのだ。
その中には近くから発射されたものもあって、正人は一瞬ではあったが敵の姿を見る。
(バリスタ……?)
脳が現実を拒否する正人であったが、見間違いではない。
蟻人族は『遠視』『遠距離射撃』のスキルを持つ一般級の個体が集まり、『連鎖』という同じスキルを重ねるスキルを持つ隊長級の指揮官が放ったのだ。一つのスキルは大した威力がなくても、連鎖し、威力が拡大されれば数十キロ先の正人も狙撃できる。
巨大な矢が次々と放たれ、パラシュートの操作だけでは避けきれなくなると、正人は『短距離瞬間移動』を使って逃げることにした。
複数のスキルを重ね合わせていても、連続で使われてしまえば姿を捕らえるのは難しい。蟻人族は見失ってしまい、正人は無事に着地した。
逃げ回っていたので場所を選ぶことはできず、山脈の頂上付近だ。すぐに近くの岩陰に隠れると、正人は小型衛星を使った携帯電話で連絡をする。
『無事、地上へ着きましたが、蟻人族には気づかれてしまいました。しばらく上空で旋回してください。隠れる場所を見付けたら戻ります』
『わかった。気をつけるんだぞ』
返事はユーリからあった。
飛行機に戻る方法は転移だ。戻る場所さえイメージできれば、対象が動いていても発動する。
後は安全な地帯さえ見つけられれば、『転移・改』によって全員を運べるのだ。作戦の第一関門を突破するには、蟻人族の監視網から逃げ出さなければならなかった。






