よくぞ決断してくれた!
「悪いが、それはできない」
「理由を聞いても?」
「委託していた制作会社が元のデータを紛失した。どこにも残っていないんだよ」
ありえないと喉まででかけて、正人は飲み込んだ。
故意か事故かはともかく、豪毅の声からして本当になくなったと感じたからである。
文句を言っても何も変わらない。故意だったと証明するのも、この場では不可能で、後で発覚してもどのぐらいの時間が必要かわからない。
その間にユーリと美都の罪を発表されたら終わりだ。最悪の場合は私刑が始まる。その上、恩赦の約束を反故にされたら、正式な裁判が開かれてしまうだろう。
表向き、探索協会は約束を守ろうと動いているように見えるのも質が悪い。
さらに記者会見をしてしまっているので、蟻人族の襲撃計画を止めてしまえば、行動しなかった責任を取れと、残された烈火や春に押しつけられるかもしれない。
後手に回ってしまい、今さら探索協会に反発してもリスクが伴うのだ。
「事故なら仕方がありませんね。蟻人族の本拠地を襲撃してマザー討伐まではやります」
「おお! よくぞ決断してくれた!」
計画は続行できると知って、豪毅の声は明るくなった。
重圧から解放されたような安堵感が、スマホ越しからでも分かる。
「それでは切りますね」
イラ立ちが止まらない正人は通話終了ボタンを押すと、スマホを床にたたきつけようとして、腕を掴まれた。
止めたのは里香だ。
「落ち着いてください」
真っ直ぐな目を見て、怒りが収まってきた。
感情を爆発させたところで、状況が良くなるわけじゃない。今は冷静になって計画成功後にどうするべきか話し合うべきなのである。
「ありがとう」
「いいんです」
里香は握っていた正人の腕をゆっくりと放し、そのまま手を握る。
「気持ちは同じですから。ワタシも協会のやり方は気に入りません。やられっぱなしじゃ納得いきません」
「そうだね。やられたら、やり返すべきだよね」
「今回は特に、そう思います」
二人は他人の目を忘れて見つめ合っている。
そんな入りにくい空気をユーリが破る。
「ごほん、ごほん。お二人とも?」
突っ込まれてようやく二人は何をしているのか自覚した。
耳を赤くさせながら慌てて手を離す。同じタイミングだったのが、仲の良さを表しているようで、冷夏は少し胸を締め付けられる思いだった。
「それで、正人さんはどうするつもりなんですか?」
自分の気持ちに蓋をして冷夏が聞いた。
「マザーを倒した後に、みんなで移住するのはどうかな?」
「移住、ですか」
「うん。別の国に住むとか。私たちなら、どこでも歓迎してくれると思うよ」
地球上にモンスターが溢れている今、大量のスキルを保有している正人を拒否するところはないだろう。『転移・改』さえ使えば飛行機すら必要ない。探索協会は止められないだろう。
「ワタシは正人さんと一緒ならどこでもいいですよ」
里香に親はいない。仲の良い友達もパーティメンバーぐらいだ。
フットワークが軽いので移住にも賛成していた。冷夏やヒナタは烈火たちも来るならと、納得をしている。
サラ、レイアはどちらでもいいと思っていて意見は出さない。付いていくだけである。
「俺は探索協会から逃げない。正人たちは好きにしな」
反対意見を出したのはユーリだ。仲間を危険な仕事に就かせて使い捨てにし、過去に何度も裏切られた経験があるため、この程度のやり口で諦めるようなことはしない。
伊達で『復讐者』のスキルを覚えたわけじゃないのだ。
心の中には憎しみが渦巻いており、逃げるという選択は死んでいった仲間が許さないと思っている。
また川戸が死ぬことになったラオキア教団の大教祖は日本にいる可能性が高い。国外へ行くには、しがらみが多すぎた。
「私もよ~」
美都は復讐心といったものはないが、外の世界に連れ出した責任をユーリに取ってもらうために付いていくのだ。生きるときも死ぬときも一緒である。ある意味、婚姻よりも重い覚悟だ。
「ユーリさんが残るなら、移住は一旦止めましょう。今後の話は後にしましょうか」
小さくため息を吐いた正人は、添乗員の方を見る。
怒りで忘れていたが、彼女の存在は非常にやっかいだ。
添乗員は探索協会が用意した人材であり、オーストラリア大陸に送り届けた後は日本へ戻る。その時に移住の話は、豪毅へ伝わるだろう。
機内は安心できる場所ではない。スパイがいると思って行動するべきだ。
今後のことはこの場では話さない方がよい、そう正人は判断した。
「目的地まで、あとどのぐらいですか?」
「え、はい。7時間はかかると思います」
急に話しかけられて戸惑いながらも、添乗員は時計を見て返事をした。
時間はたっぷりとある。空を飛ぶモンスターに襲われても護衛の戦闘機が戦ってくれるのでやることはない。
「みんな思うところがあるかもしれないけど、今は目の前の敵を倒すことだけ考えようか」
移住の話を振った張本人が黙ってしまったのだ。誰も続けようとはしない。
各自が自由な時間を過ごすことになる。
そんな中、正人は窓から外を見ながら今後のことを考えていた。
モンスターの影響で法による統治は麻痺しつつある。時代は逆戻りして力ある者だけが生きやすい世界になる可能性も否定はできない。
力が全ての世界になって、ユーリを止められるだろうか。
むしろ同調して協力者が増えるかもしれない。モンスター退治が遅々として進まない探索協会への不満は高まっているのだ。流れができたら誰も止められないだろう。ユーリのような存在が中心的に動けば、崩壊しかけている現代社会に拍車をかけることになるかもしれない。
個人の感情と力がすべてとなる新しくも古い社会を作るか、それとも崩壊しかけている法と現代社会を守るか。
正人は決断を迫られていた。






