お前がいるの忘れてたよ
蟻人族は地球全体に分布し始めており、各国が共同でオーストラリアにある本拠地を襲撃すると決めた。
日本のチームは、正人を中心として少数精鋭で上陸する予定だ。
参加人数が少ないのには理由がある。日本では多くのモンスターが地上を徘徊していて、防衛に人員を割いているからだ。目の前に転がっている問題を処理するだけでは未来がないとわかっていても、リソースに限りがある以上、正人と他国に頼るしかないのが現状であった。
だからこそ探索協会は、どんな犯罪者でも罪をなかったことにする「恩赦」というカードを切ったのである。
◇ ◇ ◇
豪毅から恩赦の話を聞いた正人は、武田ユーリに蟻人族の本拠地襲撃の依頼を出すため、自宅のマンションに戻った。
正人はユーリを部屋に呼ぶと、ソファに座ってもらい今までの説明を一通りすると、静かに聞いていた彼が口を開いた。
「仮に無罪になったとしても、誰かが俺のことをリークすれば世間は許さないんじゃないか?」
ユーリの懸念はもっともである。研究所を襲ってモンスターを地上に放った罪を世間が知れば、恩赦が出たとしても許されることではない。少なくともインターネット上では私刑が行われるだろう。
特に現在のSNSは攻撃的な投稿が多くなっており、大規模な炎上が起これば止めるのは難しい。
一緒に行動している美都にまで矛先が向いたら、ユーリは我慢できる自信がなかった。
「探索協会や警察が情報をリークすればできそうですね……見せしめとしてやる可能性は否定できません」
ユーリは極秘裏に指名手配されているため、世間ではモンスターが地上に出た原因は不明となっているが、政府や探索協会は犯人が誰かは分かっている。
研究所の失態を隠蔽するために非公開となっているが、状況が変われば証拠がなくともユーリが犯人だと記者に情報を漏らすことはあるだろう。
末端の人間を使い捨てにしてきた探索協会だ。あり得ないとは、言い切れなかった。
「だろ? 正しいかどうかは別として、人を裁く方法なんていくつもあるんだ。恩赦が出るからといって安心はできない」
「そうですね」
探索協会を信用していないのは正人も同じで、だからこそ覚えているスキルのほとんどを隠している。
何度か人が居る場所でスキルを使ったので、いくつかは把握されているだろうが、『転移・改』など新しいスキルはパーティメンバーのみしか知らない。今後も可能な限り秘匿は続ける予定だった。
「それじゃ蟻人族討伐は参加しない考えですか?」
「ラオキア教団を潰したいからな。参加するつもりは――」
「そうなの~? 私は参加するわよ」
のんびりとした声が聞こえたので、正人が振り返ると美都がいた。
呼んではいないため、勝手に入ってきたのだ。
身内しかいないため鍵をかけてなかった正人の失態である。
「どうして来たんだ?」
「運命共同体だっていうのに、私をのけ者にしたからよ」
「……すまん。そうだったな」
長く一緒に逃亡をしていた仲間だ。川戸が死んだ今、心から信じられるのは美都のみ。ユーリは素直に頭を下げて謝ったのだった。
「いいわよ。私は心が広いから許してあげる」
優雅に歩くと、美都はユーリの膝の上に座った。腕を首に回して密着している。
「おい!」
「いいじゃない。減るもんじゃないしね~」
「俺のイメージが……」
「正人君しかいないんだから、気にしないの」
初めてユーリが戸惑う姿を見た正人は驚いたが、心のどこかでほっとしていた。
全てを失っていないというのは、人間にとって重要なことである。
死んでいった仲間のために探索協会へ復讐すると誓って行動しているが、美都がいれば捨て身の動きをしないだろうという安心感があったのだ。
「で、どうして美都は参加するんだ?」
「逃亡生活に飽きたからよ。自由に外を歩きたくない?」
「まぁ……気持ちは分かる」
見つからないよう生活しているため、夜中でも二人は外に出ることはない。
ずっと室内にいるため息苦しく感じてきたのだ。死ぬことはないが、生きていても楽しくはない。美都としては軟禁された状態がずっと続いているのだ。
またラオキア教団を潰すには、自由に出歩きできたほうがよいため、川戸の仇をとるという観点からも必要なことである。
その代償として、日本中から非難されることになったとしてもだ。
「それに協会がユーリの悪事をバラすのであれば、こっちも同じことをすればいいのよ。どれだけの探索者が搾取され、死に絶えたかね」
最後の言葉だけ、普段の美都とは違い暗く鋭い声だった。
強奪のユニークスキルを覚えてしまったために、探索協会に軟禁されて自由を奪われた恨みは忘れていない。復讐したい気持ちは、美都も同じである。
「悪くないアイデアだ。やられたら、やりかえす。俺好みだな」
「でしょ~。私って天才よね」
「自分で言うなよ」
突然、ユーリと美都がいちゃつき始め、正人は深い溜息を吐いた。
有名になればモテると思っていたが、未だに恋人はいない。それどころか忙しくて言い寄ってくる女性すらいない状態だ。連絡先は身内のみ。
里香や冷夏からすれば都合のよい展開ではあるが、正人にとっては最悪の状況だ。ずっと独り身じゃないかと懸念している。
弟の春はともかく烈火が先に恋人を作ってしまったら、ショックで寝込んでしまうだろう。
「ユーリさん! いちゃつくなら部屋に戻ってください!」
「ん? ああ、悪い。お前がいるの忘れてたよ」
「…………」
雑な扱いをされて軽く睨んだ正人であったが、死線を何度もくぐり抜けたユーリにはまったく効果がなかった。
深いため息をしてから、正人は最終確認を取る。
「それじゃ参加する、でいいんですよね? 豪毅さんに伝えますよ?」
「俺たちはそれでいいが、あいつらはどうするつもりだ」
正人が一棟買いしたマンションには人間以外も住んでいる。
神津島で出会った鬼人族のレイアと少女のサラのことを聞かれたのだ。






