つまらんな
――剣術。
里香が片手剣を振り上げてボダルの腕に当てた。皮膚を斬るぐらいのダメージしか与えられていないが、軌道を変えることには成功する。
拳は直撃せずに冷夏の頭上を通り過ぎていった。
「いいぞ! もっと抗って見せろッ!」
止めを刺し損ねても苛立つことはない。圧倒的に優位という事実から余裕があり、ボダルは抵抗されても絶対に勝てると慢心している。
だからこそ冷夏をすぐに殺そうとはせずに頭を掴むと投げつけた。ヒナタにぶつかると地面を転がっていく。里香は片手剣を振り下ろそうとするが、ボダルの蹴りが腹に当たる。口から血を吐き出して膝をついてしまった。
「ガハッ、ゴフッ、ゴフッ」
即座に『自己回復』スキルを発動させた里香だが、ボダルの拳が顔面に近づいていることに気づく。とっさに腕を上げて防御したが、腕の骨が粉々に砕けながら顔面に当たると、旅館の窓を突き抜けて室内にまで飛ばされてしまった。
鼻の骨は折れて呼吸がしにくい。
激しい痛みによって集中力を欠いており、スキルの発動が安定せずに回復には時間がかかりそうだ。
双子は衝突した際の衝撃によって全身を強く打っており、気を失っている。動けない状態だ。
「早く立て!! もっと俺を楽しませろっ!!」
敵は誰も動けない。真の強者である自分だけが立っている状態だと思い込んでおり、ボダルは両手を広げて叫んでいた。
不快な笑い声が周囲にこだまする。
船による援護射撃はなく、また立ち上がって抵抗する力が残っている人間もいない。
鬼族の勝利だ。
遊びの時間が終わってしまった。ボダルの感情は急速に冷めていく。
「つまらんな」
久々に傷を負うほど激しい戦いが出来たのに終わりは一瞬だった。鬼族の特性――闘争本能が強く出ているため、強敵を倒すと瞬間的な嬉しさとその後の喪失感が同時に襲ってくる。勝利したときの油断は大きく、だからこそ千載一遇のチャンスであった。
――復讐者。
――短槍術。
背後に漆黒の短槍を突き出そうとするユーリが出現した。『透明化』スキルによって隠れていたのだ。
探索者を虐殺したことによって鬼族は復讐対象者となっており、また出来たばかりのダンジョンで手に入れた短槍の効果によって基礎能力が向上している。
突如として現れた敵に気づき、ボダルは満面の笑みで振り返った。戦いの時間が延長して喜んでいるようだ。
薙刀によって中程まで斬れた腕を振るって短槍を弾こうとする。
――アラクネの糸。
頑丈な純白の糸が腕、足、体に絡みつく。動きが止まった。短槍はボダルの左胸に刺さる。穂先は数センチほど進んで止まってしまうが、ユーリは諦めない。
「仲間の敵討ちだ」
恨みを声に出すことで『復讐者』の効果が高まった。止まっていた穂先が進む。ブチブチと筋肉を引き裂く音が聞こえ、ついに心臓にまで到達した。さらに短槍から猛毒が流れ出て全身に浸食していく。
「ここまで追い詰められたのは初めてだ。俺も本気を出そう」
危険を感じたユーリは短槍を引き抜くと後ろに下がる。五メートルは距離を取ったのだが、寒気が止まらない。本能が逃げろと言っているのだ。
――鬼人。
ボダルの肌が真っ赤になり、筋肉が盛り上がり強引に傷を塞ぐ。穴の空いた心臓を無理矢理動かして延命している状態だ。毒によって体が動きにくくなっているがたいした問題ではない。戦いは継続可能である。
「最後の遊びをしよう」
ユーリは一瞬にして拘束していてはずのボダルを見失った。すぐさま横に飛ぶと上から落下してきた。踵が地面に埋まっている。
さらに後ろに下がって距離を取ろうとするが、一定の距離を保ったまま付いてくる。
「逃げてばかりじゃ面白くないぞ」
高速のジャブが何度も放たれたので短槍を使って受け流していくが、衝撃によって手がビリビリとしびれる。直撃すればレベルアップで強化された肉体であっても粉々に砕けてしまうだろう。
一撃即死。
僅かなミスも許されない。
そういった重い攻撃なのだ。
反撃する余裕などなくユーリは回避を続けている。
ドローンによって戦況を確認している船がミサイルを発射した。狙いはユーリである。近くにいるボダルは近づいてくる三つのロケットに苛立ち、跳躍すると蹴りを放って進行方向を変えた。
天上山の方で爆発が起こる。
ボダルが着地するのと同時にユーリは黒い短槍を突き出す。
今度は皮膚すら貫けなかった。全力を出しているというのに攻撃が効かない。
反撃を警戒してユーリは後ろに下がった。何も起こらない。ボダルは腰をひねって止まっていた。
「生き残れよ」
ぞわっと背筋が凍り付きそうな感覚に襲われた。ユーリは温泉に飛び込む。深く考えての行動ではない、まさに直感に従ったのだ。
――ショックウェーブ。
数秒後には地上にボダルの前方にあったものがすべて消滅していた。拳を前に出す。ただそれだけの動作によって衝撃波が発生したのだ。
破壊の跡は扇状に広がっており範囲は広く、正人たちが乗っていた船にまで届くほどで、温泉に潜っていたユーリが顔を出すと更地になっていることに驚いていた。
「よし生きていたか。続きをするぞ」
跳躍するとボダルは拳を前に出す。先ほど発生した衝撃波が温泉に向かって放たれたのだ。






