買い出しに行こうかと
テレビはスタジオに戻ってから、一度も現場を映すことはなかった。
モンスターに襲われた現場を隠すための対処であったのだが意味はなかった。体長が三メートル近くもある岩のような肌をしたモンスターに頭を掴まれ、山奥に拉致されるレポーターの動画が、SNSを中心に拡散されてしまう。
道路には四肢がバラバラになった警官の姿もあり、見た者の恐怖心をかきたてていた。
「正人の兄貴……」
「モンスターは人を襲う。有名や無名なんて関係ないから、自衛できる力を一人一人つけなければいけない。それが改めてわかる事件だった。それだけだよ」
ソファから立ち上がった正人はスマホをポケットにしまい、二本のナイフを腰にぶら下げると玄関に向かう。
陰鬱な空気が嫌になったので出かけようとしたのだ。
「どこに行くの?」
「食料の買い出し」
春の質問に短く答えると、ドアを開けて外に出てしまう。
エレベーターに乗って一階に降りるとエントランスの中を進む。
ブランドバッグを肩からぶら下げた女性が近づいてきた。明るい髪は緩くパーマがかかっていて肩まで伸びている。肌は白く、ベージュを基調としたセーターとタイトな長い黒パンツをはいており、遠目からでもスタイルの良さが分かる。目鼻立ちがはっきりとしていて、すれ違えば大抵の男は振り返るほどの美人だ。
魅力的な外見と甘い香水を着けていることもあって、正人は思わず意識を向けてしまった。
彼女は正人の隣の部屋に住んでいる恵麻で、エステの店舗を複数経営している。
モンスターが地上に出て危険な状況になってから、正人の住むマンションへ引っ越してきたのだ。
「あら、こんなところでお会いするなんて奇遇ですね。お出かけですか?」
「食料の買い出しに行こうかと」
「あら。私もスーパーに行く予定だったんです。よければご一緒しませんか」
美女からのお誘いではあるが、決してモテている訳ではない。外は危険だから無料で護衛してほしい。そう言われているのだ。
正人だってそのぐらい理解している。都合よく利用されているとは感じるが、近所付き合いは大事である。目的地が同じなのであれば、一緒に行動するぐらいなら妥協しても良いだろうと、少し悩みつつも結論を出した。
「そうしましょうか」
「やった!」
するりと腕を組んでこようとしたので、正人はすばやく距離を取ってから腰に手を回す。ナイフを抜き取ろうとして途中で止まった。
急に近づかれて、とっさに構えようとしてしまったのだ。
「……」
無言で見つめられてしまい、少し気まずい空間ができる。
言い訳を考えながら、正人はナイフの柄から手を離す。
「片腕が塞がってしまうと、モンスターが襲ってきたときに対処が遅れてしまうので……」
「そ、そうですよね。気が回らなくてごめんなさい」
「いえいえ。こちらこそ、驚かせてしまい申し訳ないです」
空気を変えるべく、お互いに軽い謝罪をしてから歩き出す。
エントランスを出て外に出ると冷たい風が吹いた。
街路樹を見ると葉が完全に落ちている。もうそろそろ本格的な冬がやってくるだろう。
恵麻と一緒に歩道を歩いているが、正人は黙ったままだ。話題の一つでも提供すればモテる男に一歩近づくのだが、そういった気づかいができないからこそ年齢=彼女いない歴になっているのである。
「最近は都市でもモンスターの襲撃事件が増えているみたいですね。正人さんもお忙しいのでは?」
沈黙に耐えられなくなり、ついに恵麻が話題を提供した。
同じく苦痛だと感じていた正人はすぐに口を開く。
「普通のモンスター襲撃事件であれば警察や他の探索者が対応するので、そこまで忙しくはないんですよ」
「そうなんですか? 日本でも有数の実力を持つ探索者であれば、色んな所に呼ばれていると思いました」
小さな事件まで正人がかり出されてしまえば、渋谷襲撃事件と同等の問題が発生したときに初動が遅れてしまう。
切り札とはここぞと言うときに使うべきなのであり、だからこそ小さな事件にはかり出されない。
ダンジョン探索も禁止されているため、普段は時間があったりするのだ。
「だからこそ、この辺でモンスターが出たらすぐに動けるんですよ」
「あら、それは頼もしい」
自宅付近の治安を維持することは弟を守ることに繋がる。
周囲に期待されていることも理解しているので、正人はあえて言葉にしたのだ。
「正人さんがいるなら、どんなモンスターが出ても安心ですね」
「間に合えば、ですが。できれば、ご自身も戦えるようにした方が良いですよ」
「それは女性でも?」
「女性を好むモンスターもいるので、むしろ積極的に力を付けた方が良いかと思います」
「うーーん。私は運動が苦手だからレベル持ちの探索者を護衛として雇うかな」
これが一般的な反応だ。
誰かが守ってくれるから、自分は別のことをする。平時であればその考えも社会は受け入れただろうが、今は甘い判断だと言える。
「それはちょっと難しいかもしれませんね」
「え、どういうことですか?」
「協会からの仕事が多くて、誰も動けないんです」
今は探索者の価値が急上昇しており需要も高まっている。恵麻は雇うといっていたが金を積んでも雇うのは難しい。
さらに今は探索協会によって各地のモンスター討伐に忙しく、一般人からの仕事を受けることすらできないだろう。
金さえあれば安全は手に入る。
少し前の常識が通用しなくなっているのだ。






