これからじゃないんですか?
隠れながらドアの隙間からダンジョンの中を窺う。トロールは寝転がりながら腹をかいている。まるで中年男性が休日を過ごすようなだらしなさだ。完全に気を抜いていて高い再生力があったとしても、正人がスキルを使えば即死させられるだろう。
目の前にモンスターを倒すチャンスがぶら下がっているのだ。動き出したくて仕方がないが、我慢して変化が訪れるまでじっと待つ。
ゴロゴロと寝返りを打っているトロールだったが、「ぐぅ~」と大きな音がなると立ち上がった。腹が減ったのだ。ふらつきながらも、地面に放置していた木製の棍棒を手に持つと、ドシドシと重い音を立てて森の奥へ行ってしまう。
ダンジョンで生まれたモンスターは実態を持っていないため空腹は感じない。戯れに食事をする場合もあるが、今回みたいに腹が減ったから獲物を探しに行くことは絶対にないため、実態を持ったトロールだということがわかった。
邪魔な存在がいなくなったので正人は藁の山から出ると、『隠密』『索敵』『地図』のスキルは使ったままドアを潜り抜けてダンジョンへ入る。
森の中に足を踏み込んだ瞬間、脳内のマップが切り替わった。現在地以外は黒塗りになっている。赤いマーカーが数十個もあり、青いものは二つ。前方にある。影と風華は数キロ先にいるようだ。
その場所を目で確認すると火柱が上がっていた。普通ではない光景にさすがダンジョンなどと、正人は感心してする。
腹をすかせたトロールの姿はない。
久々にダンジョンへ入れたのだ。溜まっていた準備を少ししてから、追跡を再開することにした。
* * *
正人がダンジョンに入ったころ、里香と影倉は引き続き隠れながら全体を見ていた。
目視でも十分であるためドローンは温存している。
モンスターは目的もなく歩いている以外に異変はない。数々の探索者が死んだ場所とは思えないほど穏やかである。
移動で疲れがたまっていたこともあって、影倉はこくり、こくりと、頭を前後に動かして睡魔と戦うことになった。
体力がないとわかっている里香は無理やり起こそうとはしない。むしろ今はゆっくりと休んで回復してほしいと思ってしばらく放置していたのだが、平和な時間は長く続かない。状況に変化が出たので肩を揺らして起こす。
「大きな家から人がいっぱい出てきました。何かが起こりそうです」
教祖と呼ばれていた男が住んでいる家から、十数名の女性が出てきた。遠くからでは顔の判別はつかないため、年齢などは不明だ。全員が白い浴衣みたいなものを着ていることぐらいしかわからない。
これだけの人数がいたのであれば、『索敵』スキルで分かったはず。なのになぜ、正人は何も言わなかったのだろうと里香は疑問に思い、すぐ答えにたどり着く。
「地下に隠れていた? いえ、ふらふらしているところから監禁されていたと思った方がいい? よくわからないけど、普通じゃないみたいです」
「え……あ、本当ですね」
目をこすりながらようやく意識がはっきりとしてきた影倉は、同意しながら登山リュックからドローンを取り出す。
電源を点けると音を出さずにプロペラが回る。コントローラーを操作して見つからないように遠回りさせつつ、人の集団に近づけていく。
二人ともドローンにあるカメラからの映像を見ていた。
「白い服、肌が透けるほど薄いですね。焦点は合ってないように思える。どう見ても意識が正常とは思えないです。催眠もしくは洗脳されているのでしょうか?」
影倉の疑問に里香は答えられない。当然だろう。
何が起こるか二人が様子をうかがっていると、ゴブリンの集団が女性に近づく。全裸だ。また里香は難しそうな顔をする。
「女性が服を脱ぎましたね。偵察は、もういいでしょう」
この後の展開が分かってしまった影倉は、ドローンを遠くに移動させて映像を切った。
「これからじゃないんですか?」
「いえ。もうわかったので大丈夫です。先ほどまでの映像を見せれば協会も納得してくれるはずです」
納得しない里香は自分の目で女性とゴブリンがいる場所を見る。
「えっ…………」
言葉を失い、呆然とした。
女性とゴブリンが外でまぐわっているのだ。十代半ばぐらいの女性としては、当然の反応といえる。
なぜこんな異常なことを自然とやっていられるのか。
正常に判断できない状態であれば、他に犯人がいるはず。人の尊厳を傷付ける行為に里香は強い怒りを感じた。絶対に許さないと心に誓う。
「見ない方がいいです」
肩をぽんと軽くたたいてから、影倉は里香の前に立つ。視界を遮ったのだ。
「監視は私がするので、里香さんは周辺の警戒をお願いできますか」
「……ありがとうございます」
「気にしなくていいですよ。さっきは助けてもらいましたし、適材適所です」
有名人たちを取材するついでに汚い世界も見てきた影倉は、この程度の行為は何度も見たことがある。里香よりも耐性があり、慣れているのだ。まあ相手がモンスターというのは初めてであるが、遠くで見る分には背の低い小汚いおじさんと大差ない。
人が死んでいるわけではないのだし、影倉にとって大したことではないのだ。それよりも命を懸けてモンスターと戦う方が恐ろしく感じ、何度戦場に立っても正人や里香のように慣れることはない。一生かけても戦えないと思っている。
まさに、人によって適性が異なるのだ。
「モンスターが襲ってきたときはワタシに任せてください」
「期待してますね」
二人とも小さく笑うと、それぞれの役割を全うするため別々の方を見る。
異様な村に入った正人は無事だろうか。空を見上げながら、そんなことを里香は思っていた。






