授業を始めるぞー
探索協会襲撃事件が終わった後もモンスターの残党退治、道明寺隼人殺人容疑者の調査、都市防衛計画の見直しなどが行われ、数日経過した現在も騒ぎが収まる気配はない。
ようやく民衆も自分の身は自分で守らなければいけないとわかり、モンスターを倒してレベルを手に入れ、探索者になる高齢者も増えているが、体や判断能力が鈍っているため無謀な挑戦をしやすい。今まで都合良く利用し、馬鹿にしてきた若者たちよりも、無謀な行動に出る高齢者は増えていた。
しかも富裕層に位置する高齢者は既に危険な日本から出国しているため、死ぬのは常に貧しい人ばかりだ。年齢だけでなく持っている資本の多寡によっても、利用されるもの、利用するものに別れ、大きな差ができはじめていた。
◇◇◇
「うーっす」
乱暴な挨拶と共に烈火が教室に入った。
授業が始まるギリギリの時間だというのに、空席がいくつか見える。病気やケガで休んでいるわけではない。出席していない人たちは、危険な日本を捨てて海外に移住してしまったのである。
自分たちだけでも安全な場所に避難する。生物として当然の判断だと分かりつつも、烈火はどこか納得できないでいた。
机の間を歩いて自席の前に立つと、スクールバッグを乱暴に乗せる。
「おうおう、機嫌わりいじゃねぇか。何かあったのか?」
隣の席に座っている悪友の高田が笑っていた。
「別に。何もねーよ」
椅子を引いて座る。スクールバッグから教科書やノートを取り出していると、高田が不機嫌そう顔をしながら烈火に話しかける。
「達也がシンガポールに移住したらしいぜ」
クラスメイトの名前だ。探索協会襲撃事件が決め手となって、前々から進めていた移住を早めたのだ。複数の会社を経営している達也の両親は、海外からリモートで社員に指示を出すスタイルを選んでいる。もちろん、社員の多くは移住なんて出来ないので、危険な日本で働き続けている。
「自分は安全なところへ逃げるのに、ずっと友達だぜとか言うんだぜ。バカじゃねーの。絶交するに決まってるじゃないか」
「まー。気持ちは分かる」
苦楽をともにせず安全な場所で生活し、援助することもなく一方的に「友達でいようね」と言われても、納得するのは難しい。立場や境遇は関係ないと考える人もいるだろうが、少なくとも兄をモンスターに殺された高田の意見は違った。
「お前はどうするんだ?」
「正人の兄貴が日本にいるんだ。俺だけ逃げるわけにはいかねーよ」
探索者として稼げるようになった正人は、弟の二人に海外へ移住しないかと打診をしていたが、二人とも断っている。
何を言っても意見を変えない頑固な弟の説得を諦めた正人は、モンスターに襲われたら必ず連絡しろと約束したことで、ようやく納得していた。
「だよなぁ! わかってるじゃねぇか!」
高田は烈火の肩をバンバンと強く叩いた。
意識はしていないのだが、お前はこちら側で仲間だと思っての行為だ。
分断されている。
お世辞にも賢いとはいえない烈火ではあるが、富裕層とマス層、高齢者と若者、一般市民と探索者、至るところで対立構造ができていると感じている。
地上で繁殖したモンスターは死体が残ることもあって、素材関連の輸出ができる日本は、様々な利権も絡むようになっており、もっと複雑な構造になっているのだが。
普通の高校生でしかない烈火には、知るよしもなかった。
「授業を始めるぞー」
教室のドアをスライドさせながら数学の教師が入ってきた。彼は二日後にモンスターが少ない北海道へ引っ越すと決まっていて、本日が最終日だ。
だからだろうか。生徒が見る目は冷ややかである。誰も好意的な態度はしていない。
授業で指名しても返事なんかせず無言で黒板に数式を書き込む。教師に消しゴムのかすを投げつけるほど関係は悪化していた。
重苦しい空気の中、数学の教師は早く授業が終われと思いながら公式の説明をしている。
「あ、大きい鳥だ」
窓際に座っている生徒が声を出すと、授業は中断された。
教室にいる全員が外を見る。
鳥と言われたが、足が三本もあって体が大きい。翼を広げると二十メートルぐらいはあるだろか。牛や人を捕食できるサイズである。明らかに普通の動物ではない。誰もがモンスターだと分かった。
「こっちに向かってきてるぞ!!」
生徒は通り過ぎてくれと願っていたが、三足鳥は烈火の学校に向かっている。校庭には体育の授業をしているクラスがあり、パニック状態だ。校舎に逃げ込もうとしているが、全員が駆け込めるほど入り口は広くない。
走っている途中で転倒してしまう女子生徒もいて、誰かがモンスターの餌食になってしまいそうだ。
烈火は隠し持っていたスマホを取り出すと、迷わず正人へ連絡する。
「どうした?」
「学校にモンスターが来るみたいだ。三本足の鳥なんだけど」
「わかった。すぐに行く」
すぐ通話が終わったのでスマホをしまうと、高田が不思議そうな顔をしていた。
「誰と話してたんだ?」
「兄貴」
素っ気なく答えたのは気恥ずかしいからだ。
まさか兄を、世界最強の味方だと思っているなんて、口が裂けても言えなかった。






