みんな、早く! 早く!
ダンジョン内の揺れが激しくなり、パラパラと天井の一部が落ちてくる。
暗視とスキルを使いながら、正人が真っ暗な隠し部屋に入っていく。周囲に敵がいないと確認したところで、周囲に火の玉を作って光源を確保した。
ドアなどは見当たらない。行き止まりである。
――罠感知。
変化はない。罠はないようだ。
「ここに魔法陣が!」
隠し部屋に入った里香が床を指さして叫んだ。すぐに正人は文字が書かれている場所にまで行くと、しゃがんで確認する。
床に描かれた模様は円の中にいくつもの線が引かれ、細かい文字が隙間なくびっしりとある。スキルの力を使えば詳細を調べることはできるだろうが、時間はかかる。解読が終わる前にダンジョン崩壊に巻き込まれて死ぬ。
せめて効果だけでも確認したいと思いスキルを使う。
――多言語理解(読み)。
文字の一部に転移門と書かれていた。正人の予想はあっており、別の場所へ移動できる機能がある。
問題は、どこに移動するかだが、悩んでいる暇はない。ダンジョン崩壊までのカウントダウン始まっていて残りは僅かなのだ。
考える前に動け。全てにおいて行動を優先しなければいけない時があり、それが今なのだ。
「転移できる! 行こう!!」
後から入ってきたヒナタが恐れることなく中に入ると、つるりとした光沢のある床に描かれた魔法陣が光り出した。
「みんな、早く! 早く!」
魔法陣に入ったヒナタが手招きしている。姉の冷夏はすぐ動いた。
里香は正人を見たまま止まっている。入っても大丈夫なのか不安で前に進めないのだ。
その間にもダンジョン内の揺れは大きくなっており、天井や壁にヒビが入っていく。床も例外ではない。亀裂が走っている。
「里香さん、ごめん!」
「きゃっ!」
説得する時間なんてないと考えた正人は、動かない里香を抱きかかえて魔法陣の中に入った。
「おろしてくださいっ!」
恥ずかしさのあまり状況を忘れて暴れている里香だったが、光が強くなって視界が白くなってしまい抵抗をやめてしまった。
四人はジェットコースターに乗ったときのような浮遊感、そして内臓が持ち上がる不快感を覚える。脳が前後左右に揺らされ、乗り物酔いにも似た吐き気がして立っているのが辛い。特に冷夏は三半規管が弱いため、胃に入っていたものがせり上がってきて吐き出してしまう。
「うぇぇぇ」
幸運なことに胃の中は空っぽだったようで、芝生の上に胃液が落ちた。目に涙を浮かべながら嘔吐をくりかえしている。体調の悪い姉を気づかって、ヒナタが背中をさすりながら周囲を見た。
「ここってダンジョンの入り口!?」
世田谷区にある豪邸の敷地内に転移していた。近くには大穴がある。ダンジョン崩壊の影響で崩れているため、中に入って調査はできないが。
「戻って来られたんですね」
肌を撫でる風、明るい陽差し、遠くから聞こえる車の音、その全てが日常に帰ってきたと教えてくれた。里香は抱きかかえられていることを忘れて、目を閉じ、つかの間の平和をじっくりと感じている。
本人たちに自覚はないが、ダンジョンの最奥をクリアして生還した人類初のパーティだ。人の言葉を話すモンスターや監視室、そして高度な技術を持っている知的生命体や侵略計画の存在、未発見の情報を多く手に入れている。しかしダンジョンが崩壊したことによって、客観的な記録や証拠は消えてしまった。
探索協会に報告したところで、与太話として誰も信じないだろう。
運良く気にするような人物が現れたとしても、証拠を求めてダンジョンの最奥を目指せと指示してくる。出現したばかりでない限り現状ではほぼ不可能なミッションだだ。
無謀とも言える命令に従うぐらいなら、情報は隠蔽しよう。正人がそう思っても不思議ではい。むしろやや保守的な側面もある性格からして当然な判断とも言えるだろう。
「今回は本当に危なかった。生きて帰れて良かったよ」
モンスターの退治だけだと思ったら、ダンジョンだった。最奥まで行ってしまい崩壊に巻き込まれそうになる。予想できない展開の多かった探索だ。探索協会からの依頼でなければ、追加料金をねだっていたところだろう。
「あーーーーーっ! やっばーーーい!」
ヒナタの叫び声が聞こえて三人の視線が集まる。
「大剣、ダンジョンの中だっ!!」
ヴァトールを倒した時、手に入れた武器だ。邪魔だったので壁に立てかけてそのままにしていたのだ。今はダンジョンの崩壊に巻き込まれて埋まっていることだろう。取り戻すのは不可能だ。
「せっかく手に入れたのにー! もったいないっ!!」
悔しそうに地面をドンドンと踏みつける。
吐き気が収まらない冷夏は迷惑そうに見ており、正人や里香は大きな問題じゃなく良かったと安堵していた。ドロップ品の回収を忘れたぐらいなら笑い話で終わる。そのぐらいの稼ぎと余裕はあるからだ。
状況の確認も終わったので正人は里香を地面におろす。そろそろ帰還報告をしようと思い豪邸を見ると谷口の姿が見えた。小走りで近寄っていて慌てているようだ。
良くないことが起こっている。
誰の目から見ても明らかであった。






