アイアンアントを倒そ――
目の前には両開きの扉がある。高さは五メートルほどあって真っ黒い金属で作られており、アダマンタイト製だというのが一目でわかった。直立したアリが大剣を持っている姿が彫られており、アイアンアントソルジャーの上位種がボスであると予想できる。
過去に何度かダンジョンのボスと戦った経験のある正人たちだが、扉の奥から感じたことのない圧力を覚え、自然と緊張感が高まっていた。
「入ります?」
里香の疑問に誰も答えない。いや、答えられないのだ。
足を一歩前に出そうとするだけで圧力が増し、恐怖心が湧き上がってくる。探索者として未知なる危険は何度も乗り越えてきた。それでも足が動かないのだ。
明らかにおかしい。
扉の奥にいるモンスターは本当に通常のボスなのだろうかと、全員が疑問をもってしまった。
「そういえば、特殊個体のオーガと戦ったことがあったよね……」
いつもは元気なヒナタであるが、今は違う。
怯えた声をしていた。
初めて戦った特殊個体のオーガは苦い記憶ばかりがある。死が最も近かった戦いであり、平和だった頃の日本では感じたことのない絶望があった。その時の経験が、本能が、扉に近づくなと、ささやき続けているのだ。
「ヒナタは、この先にも特殊個体がいると言いたいの?」
「もしかしたら、それ以上のなにか。お姉ちゃんも感じてるでしょ」
「そうだけど……」
双子としての共感能力なのか、冷夏もヒナタが感じた危機感はあるので言い返せなかった。特殊個体以上のなにか。それが扉の奥にいると。
地上に帰還することも難しい。戻る道を閉ざされた今、前に進むしかない。せめて『転移』のスキルを使い、強力な武器を用意してからボスに挑もうかとも考えていたが、背後から地響きのような音が聞こえたため、計画を中断する。
立ち止まっていた間に、準備する時間すら無くなってまったのだ。
「アイアンアントの集団が来ているッ!」
脳内に浮かぶ地図には、大量の赤いマーカーが浮かんでいた。
通路を埋め尽くした土や岩を強靭な顎で砕き、道を作って正人たちを追ってきたのである。
迎撃するか、それともボス部屋に入って扉を閉めて逃げ切るか、判断が求められる。
「アイアンアントを倒そ――」
未知なるボスより勝算があると思い、指示を出しかけた口が止まった。上を見ると天井からアイアンアントの頭がいくつもでていた。
「下にも!!」
地面からもアイアンアントが這い出ようとしていて、ヒナタが叫びながらレイピアで突き殺していた。冷夏やヒナタも武器で叩き潰しているが、増えるスピードの方が早い。こんな状況では、迫り来るアイアンアントの群れを迎撃するなんて不可能である。
「ボス部屋に逃げ込もう!」
消去法で選ぶしかなかった。
湧き出てくる恐怖心を強靭な意志でねじ伏せ、正人は走ると扉を押す。
重い音をたてながら、ゆっくりと開く。
ボス部屋の至る所にクリスタルがあり、光りを発している。光源として充分に活用できそうだ。だが、良いことばかりではない。普通のボスであれば部屋に入った瞬間に召喚される仕組みになっているのだが、すでに正人たちを待ち構えていたのだ。
「ここまできたことは褒めてやろう」
驚くべきことに、日本語で話しかけてきた。
見た目はアイアンアントソルジャーに似ているが、人間が両手で振るうような大剣を片手で持っている。それが四本あり、刀身が赤くなっている。離れている距離でも熱気が感じられた。
「正人さん! もう時間が!」
背後から近づいてくるアイアンアントの群れが、扉前の広間を埋め尽くそうとしている。
思考は後回しだ。生き残るために、前へ進む。
「中に入ってくれ!」
両手にナイフを持つと、叫びながら走り出す。待ち構えているボスは笑っていた。
「私はヴァトール! 挑戦者を叩き潰してやろう!」
近づいてきた正人に向かって大剣が振り下ろされた。受け流そうとすればアダマンタイト製のナイフが溶けてしまうかもしれない。瞬時に判断すると、スキルを使う。
――自動浮遊盾。
――短距離瞬間移動。
姿を消すと背後に回り込んだ。アント系の弱点でもある関節部分にナイフを滑り込ませるが、ヴァトールは半回転しながら大剣を振り回して正人に当てようとする。
ガンッと大きな音を立てて半透明の盾で受け止めたが、接触面を見るとジワジワと浸食するように溶けていた。持って数秒。攻撃を諦めてバックステップで距離を取る。
「逃がさない」
ヴァトールが口を開くと、腐臭のする水の塊を飛ばした。自動浮遊盾が前に回って受け止めると溶け、正人に向かってくる。魔力で盾を修復する時間はない。防御は不可能だ。
――短距離瞬間移動。
離れた場所に移動したはずなのだが、なぜかヴァトールが目の前にいた。二本の大剣を振り下ろす。半透明の盾は先ほど破壊されて、防ぐ手段はない。では回避できるかといえば、不意を突かれてしまったので足は動かせなかった。
両手に持ったナイフで受け流したが、刀身が溶けてしまう。
ヴァトールは残りの二本の大剣で突き刺そうと腕を引いていた。






